【女優】橋本環奈さんマネージャーのインタビューで橋本環奈さんを見る目が変わる?

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バディ
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 映画・ドラマ・バライティなどで幅広く活躍をしている橋本環奈さんのマネージャーである和智茉璃奈(わち まりな)さんが、上京したての橋本環奈さんと3年もの間同居生活をしていたのは有名は話。
 橋本環奈さんのインスタグラムなどもこちらのマネージャーさんが運営をされていますよね。

 そんなマネージャーの和知茉璃奈さんが、この度インタビューを受け、橋本環奈さんとの生活を語ったようです。

レディ
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 内容をまとめるとこんな感じかしら

  • 和智茉璃奈さんも元々は同じ事務所のタレントだった。
  • 一緒に住むことになった時期は主演映画「セーラー服と機関銃」くらいから
  • 「家族」「姉妹」というより「ちゃんとしなきゃいけない」という感覚で住んでいた。
  • 料理は和智茉璃奈さんが作っていた。橋本環奈さんはいつも「おいしい」と言っていた。
  • 橋本環奈さんは和智茉璃奈さんの気が付かないところで掃除などの家事もしていた。
  • 橋本環奈さんのストイックさを目の当たりにして自分自身も成長できた。
  • 橋本環奈さんは大人になるにつれて責任感やと同時に周囲の人への感謝の念が深くなった。

 これを読む限り、橋本環奈さんってかなりストイックで努力家な感じね。しっかりしている人なんだということが伝わってきた。


――和智さんがマネージャーになったきっかけは?

【和智茉璃奈】元々、私もタレントとして同じ事務所に所属していたんです。でも、表に出るのは向いていないなぁと考えていた時期に「環奈のマネージャーをやってみないか」と連絡をもらって。裏方の仕事も学びたいと思っていたので、迷わず「やります」と。電話をもらった次の日の始発で福岡に向かい、そこからスタートしました。

――担当してからすぐ同居生活を始めたんですか?

【和智茉璃奈】そうですね。本格的に一緒に住むことになったのは、主演した映画『セーラー服と機関銃』の撮影の時からです。1か月半くらい高崎で撮影だったのですが、ホテルに閉じこもって外食生活よりは、一緒に生活して私が食事を作って、手作りのごはんを食べさせてあげた方が精神的にも体調的にも良いだろうと。まだ高校生でしたし、女優業に専念してもらうためにも、同居を始めることになりました。

――マネージャーとはいえ、いきなり他人と。妹の面倒を見るというような感覚だったんでしょうか。

【和智茉璃奈】当時はよく「家族」や「姉妹」みたいと言われることが多かったんですが、私としてはご両親からお預かりしているという感覚で、「ちゃんとしなきゃいけない」という責任感の方が強かったと思います。ストレスを感じさせないように、過ごしやすく住みやすいように、仕事に影響しないようにしなければならないと思っていました。でも、私がずっと実家暮らしだったので料理もほとんどやったことがなくて、最初は不安だらけでしたね(笑)。

――食事も毎日作っていたんですか?

【和智茉璃奈】朝と晩は、ほとんど毎日作っていました。好みを細かく聞くのも変な気がしたので、環奈との雑談の中で拾っていきながら、料理教室にも通って色んな料理を作っていましたね。環奈は「私まずいときはまずいって言うからね」と言っていたんですが、いつも何でも「おいしい」と言って食べてくれていました。

――共同生活の中で、不満や要望などは言われなかった?

【和智茉璃奈】言われなかったです。今振り返ると、色々あったんじゃないかと思います。環奈が20歳になって一人暮らしをすることになり、3年間の共同生活を終えることになったんですけど、その時初めて、お風呂の排水溝の掃除は環奈がやっていたことに気づいたんです。そういえば、詰まったこともなかったしいつも綺麗だったなと。彼女からは何も言ってこなかったし、共同生活が終わってから気づいたのでびっくりしましたね。

――1人暮らしもしたことないのに、高校生にして人がやりたがらない所に気づいて率先して動けるのはすごいですね。

【和智茉璃奈】本当に年下とは思えないくらいしっかりしています。出会った頃からずっと、むしろ私が環奈からたくさんのことを教えてもらっている気がします。特に、私が出会ってからのこの5年間の成長度は本当に凄いです。精神面もそうですし、見ている世界や考え方、私がどう頑張っても追いつけないくらいどんどん成長しています。

――どんな時に成長を感じますか?

【和智茉璃奈】映画やドラマだと関わっているスタッフさんの数も多くて、主演やヒロインだと責任感やプレッシャーも大きく、気を張っている時間もたくさんあったと思います。そんな中でも、数百人いるスタッフの方々の名前を全部憶えて、ちゃんとコミュニケーションを取っているんですよ。出演者の方と食事をしている時も、車、バイク、バンド、小説…、どんな話題でも理解してちゃんと会話している。誰かが話した話題がわからなかったら、家に帰って徹底的に勉強していました。何か本を薦められたらすぐに読んで、次に会った時にさりげなくその方にその話をする。だから、この年齢でこれだけ色んな世代の方と対等にお話しできるのかと。それはすごく驚きましたし、それだけ努力しているんだと思います。

――芝居に関してもかなりストイックなんですか?

【和智茉璃奈】一緒に住んでいるときは部屋も別々だったので、いつ台本を読んでいるのか分からないくらいでした。ある時、同じ事務所の後輩の子が初めて役をもらったので、環奈が指導するために2日間時間を作って福岡まで行きました。出演シーンは一瞬だったのにもかかわらず、演技について細かく教えていて、東京に戻ってからもテレビ電話で指導していたんです。その時に、セリフの言い回しや役柄についての考え、台本に書かれていない背景まで想像して、毎日その役の事を考えていると。環奈の教えている姿や言葉を聞いて、一緒に住んでいたのに知らない環奈を見ました。努力やストイックという言葉だけではなく、彼女はいつも役を生きているんだと知りました。

――後輩の子にもそれだけ熱心に指導して「育てよう」という気持ちになるのはなぜでしょうか?

【和智茉璃奈】恐らく、事務所の“看板女優”という認識がしっかりあるんだと思います。私たちがしなければいけないことを彼女も積極的にやってくれている。後輩の子だけじゃなく事務所のスタッフに対しても、挨拶だったり礼儀だったり、彼女自身が色んな現場で感じたことをみんなに伝えてくれています。それも、感情論ではなく、その子の“人生”を考えた上でのアドバイスをしているように感じます。たぶん、大人になるにつれて、責任感と同時に、人に対しての感謝が深くなったからなんだと思います。

――感謝の深さで言うと、3年間同居生活をした和智さんへの感謝も深いのではないですか?

【和智茉璃奈】改まって言われることはないんですが、あるイベントの壇上で私の事を「運命的な出会い」と言ってくれたのはすごく嬉しかったですね。環奈が未成年の時は、会社からも言われていたので、出演者の方だけの打ち上げにも私も付き添っていたんです。端っこに座って、たぶん周りにも不思議がられていたと思います。正直、場違いだなぁ思うときもありました(笑)。でもそういったことも全部、大人になって少しずつ理解してくれたんだと思います。社長の誕生日会での手紙も、社長やスタッフへの感謝の気持ちが読み上げられて、言葉ではなく行動でも、彼女の想いを感じることが増えましたね。まだ21歳なんですけどね(笑)。

――環奈さんにとっては「運命の出会い」。では、和智さんにとっては?

【和智茉璃奈】5年前と比べると、私の人生は大きく変わったと思います。私自身、もともと働くのが好きじゃなくて、いかにラクして働くかを考えるタイプだったんです。でも、環奈と出会ってから毎日勉強させてもらって、刺激を受けて、私もすごく成長できました。彼女は、どんな場でも自分がボケになったりツッコミになったり、モノマネをしたりして場を明るくしたり、スタッフ、演者が前向きになれるよう真剣に話をしたり聞いたりもしてくれるんです。

――バラエティでも抜群のユーモアセンスを発揮されていますよね。

【和智茉璃奈】バラエティで出しているのは、普段の面白さの半分以下です(笑)。いつも本当に面白い彼女を見ていたら、私も環奈のように周りを楽しませたいと思うようになって。最近、「和智って面白いよね」とよく言われるようになったんです。前の私だったら、そんなこと言われることなんて絶対なかったのに、私自身の性格も変えてくれた。すごく感謝しています。

――ご本人は無意識なのでしょうが、環奈さんのそばにいるだけで良い影響を受けるような存在なのでしょうね。

【和智茉璃奈】私は割とネガティブな方で、環奈を見ていて「なんでそんなにポジティブなの?」っていつも思うんですけど、環奈は「なんでそんなにネガティブなの?」って笑い飛ばすんです(笑)。これだけ常に注目される存在で、あらゆるストレスやプレッシャーも絶対あるはずなのに、一緒に住んでいた時から弱音を吐いたり泣いたりしているところも見たことなくて。いつも前向きで芯の強い彼女を見ていると、こちらも明るくなれます。

――これから先、環奈さんにはどんな女優になってほしいですか?

【和智茉璃奈】たぶん、彼女は彼女らしく成長していくと思うんです。だからこのまま、彼女らしく成長して欲しいですし、常に私は「味方」ということが伝わればいいなと。そしてこれからも、今まで通り環奈を大切にしながら、一緒に新しい才能を育てていければと思っています。

橋本環奈と3年間同居マネ明かす素顔「あらゆる世代の人と対等に話せる理由がわかった」より
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こんにちは!環奈MGです。 今日は、MGネタですみません。 オリコンさんの取材をお受けしまして、本日前編が公開致しました。 たくさんの暖かいコメントも拝見させて頂きました。ありがとうございます。 初めてのインタビューを受け「インタビュー答えるのってこんなに難しいんだ!」と質問に答えつつ、また一つ環奈の事を理解出来た気がしました。 実は細々とやっていたMGアカウントがあり、マネージャーライフを公開しておりました。今後そこではマネージャーライフのみならず、環奈MG垢とは違った雰囲気で、環奈や漠の件もシェアしていこうと思っています。 また後編が公開されます。 引き続きどうぞ温かく見守って下さい。 #橋本環奈 #橋本環奈2020 #橋本環奈マネージャー #オリコン

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Mr・GO
Mr・GO

 橋本環奈さんの新たな一面を知ることができる記事だったんじゃないかな。
 このインタビューに対して、こんなコメントが寄せられているぞ。


〇もてはやされ消えていく芸能人が多い中、本当に頑張っていると思う。愛される力、努力する力があるんだと思う。
●読んでいて背筋が伸びた。橋本環奈って底知れないものがある。可愛いだけで終わらないひとって、努力と気遣いがきちんとあるんですね。
〇有名になるきっかけは、たった一枚の写真。それはただ運が良かっただけ。しかしそこからは彼女自身の努力と才能。それなくしては成り上がれない。
●マネージャーの仕事って時間的にも相当ハードなのに、その間をぬって、タレントの為に料理教室まで通ってスキルをあげていく精神も素晴らしい
〇人から愛される人間になりたいと思うけど、自分にはこんな努力はできない。
● 昔、戸田奈津子が出会ったハリウッドスター達のことを「売れるハリウッドスターは性格がいい。性格の悪い人は一時的に売れてもすぐ消える」と言ってたけど、日本の芸能界にも当てはまると思う。

Yahoo!コメント欄より抜粋


Mr・GO
Mr・GO

 福岡のアイドル時代にはアイドルとして評価が低かった橋本環奈さんだが、一枚の写真をきっかけにブレークする。そんな注目されない時期があったことも、橋本環奈さんにとっては大事な時期だったのかもしれない。
 注目を浴びてからもしっかり努力を怠らなかったことで今の人気があるのだな。

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