あの「カリカリ梅」を作っているのは元宝塚のあの人!

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 みなさんカリカリ梅というお菓子を食べたことはありますか?

 ファンの間ではよく知られた話だとは思いますが、実はこのお菓子は赤城フーズさんという会社が作られ、その現社長である遠山正子さんは元タカラジェンヌなのです。

  ちなみに赤城フーズさんは群馬にある会社で、 カリカリ梅の歴史も古いんです!

明治26年(1893年)前橋市内において漬物・佃煮・煮豆製造小売業として創業

昭和46年(1971年) 8月日本で初めてカリカリ梅を開発、商品化の成功

昭和59年(1984年)11月製造技術および新製品(カリカリ梅)の開発の功績により、農林水産省食品流通局長賞を受賞

平成30年(2018年)食品衛生優良施設として県知事より表彰。

平成30年(2018年) 2月6代目として遠山昌子が代表取締役社長に就任

赤城フーズホームページを参考


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遥海おおらさん→遠山昌子さん

  • 名前:遥海おおら(本名:遠山正子)
  • 生年月日: 1979年9月26日 (年齢 39歳)
  • 出  身: 群馬県 
  • 学  歴: 群馬県立前橋女子高等学校 宝塚歌劇団卒業生・第86期生
  • 身  長:168cm 
  • 血液型 :A型
  • 宝塚歌劇団在団時の愛称は「おーちゃん」「おおら」。


遥海さんは、宝塚宙組で活躍していましたが、25歳の時に退団。

そこから群馬に戻り、カリカリ梅を作る赤城フーズを継ぐために社長になったそうです。


華やかな宝塚の世界から社長へ転身!

 幼い頃から宝塚の舞台に立つころに憧れていた遠山さんは、高校時代は前橋から東京まで往復5時間かけてレッスンを受けに行っていたそうです。

 宝塚音楽学校には4回落ち、18歳の時に24倍の難関を乗り越え見事に合格!

 2000年に入団を果たし、宙組の男役で「遥海おおら」で活躍をします。

 宝塚での充実した毎日を送る中で、将来は組長になりたいと考えていましたが2005年の25歳の時に転機がやってきます。

 遠山さんの実家である「赤城フーズ」の跡取り問題です。2人のお兄さんはすでに違う道に進み、妹さんは経営者になるようなタイプではありませんでした。

 4代目である祖父の持病が悪化したこともあり、遥海さんは宝塚を退団し赤城フーズに入社することを決意します。

 順調だった宝塚をやめてまで群馬に戻ってきたにも関わらず、会社の人たちの反応は冷たかったそうです。高校生で都会に行った娘が、仕事も経営もわからないのに次の社長だと言われても、確かに簡単に受け入れることはできませんよね。

 ですが、そこは努力家の遥海さんのこと経営や仕事を学び、新商品の開発にも力を入れ、会社を盛り立てていきました。そして2008年には常務取締役、2018年からは6代目社長になりました。

遥海さんのアイディアで新商品も!  

 熱中症対策に塩分を多めにした「熱中カリカリ梅」を作ったり、宝塚での経験を生かして女性のためのスイーツ感覚で食べられる「梅ジェンヌ」など新商品を開発しています。

 昔からあるお菓子も、作り手がいなくなったり後継者がいなくなったりすることで無くなってしまうことがあります。カリカリ梅は、遠山のさんのような後継者が見つかり今後も安心ですね。

 女性ならではのアイディアや新商品をこれからも期待したいです。

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