
観戦する夢が持つ基本的な意味については、こちらの夢占い記事で解説しています。
この記事では、なぜ「見ているだけ」のはずの観戦が、夢の中で、自分まで一緒に戦っているような熱い気持ちを呼び起こすのかを、見る人の脳と心の中で起きていることを見つめた二つの研究と、人々が競技に熱い視線を注いできた歴史から、掘り下げてみます。
見ているだけで体が動く「ミラーニューロン」
一つ目の視点は、イタリアの神経科学者ジャコモ・リゾラッティらの発見です。
リゾラッティらは1990年代、サルの脳を調べる中で、自分が食べ物をつかむときに働く神経細胞が、人が食べ物をつかむのを見ているだけのときにも、同じように働くことに気づきました。
まるで、見ている相手の動きを、自分の脳の中で鏡のように映しているかのようだったことから、これは「ミラーニューロン」と名づけられました。
人の脳でも、似た仕組みがあると考えられています。選手が全力で走る姿に、思わず体に力が入る。
そんな観戦中の感覚にも、見ることと動くことを結びつける脳の働きが関わっているのかもしれません。
同じチームを応援すると、つながりが生まれる
二つ目の視点は、アメリカの心理学者ダニエル・ワンです。ワンは、地元のチームや好きなチームを「自分たちのチーム」と感じている人々の心を、長く研究してきました。
その結果、地元のチームを強く応援している人ほど、孤独を感じにくく、周りの人とのつながりや、自分への自信を持ちやすい傾向があることを報告しています。
同じチームを応援する人どうしは、見知らぬ人であっても、仲間のような気持ちで結ばれていくのです。
リゾラッティらが「見ている人の脳の中で、選手と一緒に体が動く仕組み」に目を向けたのに対して、ワンは「同じチームを応援することで生まれる、人と人とのつながり」に目を向けたといえるでしょう。
夢中で見る夢、肩を組んで喜ぶ夢
観戦する夢で、自分まで息が切れるほど夢中になっていたなら、あなたの心は、自分も何かに全力で打ちこみたいと願っているのかもしれません。
周りの観客と肩を組んで喜んでいたなら、仲間とつながる場所を、心が求めているのかもしれません。
では、人々は、競技をどのように見守ってきたのでしょうか。
武器を置いて見守った古代オリンピック
古代ギリシャでは、紀元前776年から、オリンピアの地で、神々にささげる競技会が開かれていたと伝えられています。
大会が近づくと、各地の都市国家のあいだで「聖なる休戦」が結ばれ、選手や観客が、戦いに巻きこまれることなく、オリンピアへ旅できるようにしたといいます。
争いの絶えない時代に、人々は、競技を見守るために、武器を置いたのです。
天覧試合のサヨナラ本塁打
日本でも、人々の記憶に残る観戦の名場面があります。1959年6月25日、東京の後楽園球場で、昭和天皇がご覧になる「天覧試合」として、巨人と阪神の一戦が行われました。
同点で迎えた九回裏、長嶋茂雄が、阪神の村山実の投げた球を、左翼席へと運ぶサヨナラ本塁打を放ったのです。
この一打は、プロ野球の人気を大きく押し上げたともいわれ、いまも語り継がれています。
夏の高校野球と、声をからす人々
夏の高校野球も、日本ならではの観戦の文化を育ててきました。1915年に始まった全国中等学校優勝野球大会は、やがて兵庫県の甲子園球場で開かれるようになり、いまの夏の全国高校野球へと受け継がれています。
内野席の上に高くそびえる観客席は「アルプススタンド」と呼ばれ、その名づけ親は、白いシャツの観客で埋まった席を、雪をかぶったアルプスの山にたとえた漫画家の岡本一平だといわれています。
選手の家族や同級生、地元の人々が、声をからして同じ球を見つめる。勝っても負けても、最後には拍手で選手をたたえる。その光景には、観戦が、ただ勝ち負けを見るだけのものではなく、誰かの挑戦を見守り、支える営みであることが表れています。
見ている人の脳の中で、選手と一緒に体が動く仕組みと、同じチームを応援することで生まれるつながり。
競技を見守るために武器を置いた古代の人々と、一打に沸いた昭和の観客席。観戦する夢は、あなたがいま、誰の挑戦に心を重ね、誰と一緒に喜びを分かち合いたいと願っているのかを、そっと問いかけているのかもしれません。
ここまでの内容をもとにした創作ストーリーは、こちらの夢物語でお楽しみいただけます。
よくある質問
観戦しているだけなのに、夢の中で体が疲れていました。
観戦しているだけなのに体が疲れていた夢は、それだけ選手の動きに心を重ね、一緒に戦っていたことの表れと読むことができます。
リゾラッティらのミラーニューロンの研究のように、人の脳は、見ている動きを、自分のことのように映し出すものです。
また、現実でも、誰かのために気を張りすぎている場合があります。心と体を、ゆっくり休めてあげてください。
観客席で、知らない人と一緒に喜び合っていました。
知らない人と一緒に喜び合う夢は、新しい仲間や、心から打ち解けられる居場所を、心が求めていることの表れと読むことができます。
ワンの研究が示すように、同じものを応援することは、見知らぬ人どうしを仲間のように結びつけてくれます。
好きなことを共有できる集まりに参加してみると、思いがけない縁が広がっていくかもしれません。

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