
夢の中で、僕は大広間の宴会に出ていた。
長いテーブルに、ごちそうがずらりと並んでいる。お造り、天ぷら、湯気を立てる鍋。みんなが楽しそうに笑い、グラスを合わせていた。
けれど、僕の席だけは、テーブルから少し離れたところにあった。
料理の大皿が、手から手へと回されていく。僕の前を、すうっと素通りしていく。手を伸ばしても、届かない。声をかけようとしても、笑い声にかき消されてしまう。
僕の前の取り皿は、ずっと空っぽのままだった。
――目が覚めると、スマホに通知が届いていた。
「忘年会の幹事、よろしく頼むね」
入社二年目の冬。部署の忘年会の幹事を、僕が任されることになった。
それから二週間、僕はひたすら準備に追われた。店の予約、人数の確認、会費の集金。席順を考え、乾杯の挨拶を部長にお願いし、余興の順番を決めた。慣れない段取りに、何度も頭を抱えた。
忘年会の三日前、店から電話がかかってきた。
「申し訳ありません。こちらの手違いで、当日の大広間が、別のお客さまと重なってしまいまして」
頭の中が、真っ白になった。三十人が入れる店なんて、この時期、どこも予約でいっぱいだ。
その日の昼休みも、仕事が終わってからも、僕はひたすら電話をかけ続けた。一軒目、満席。二軒目、満席。十二軒目で、ようやく「三十人なら、なんとか」という返事をもらえたのは、夜の九時過ぎだった。
翌朝、部署の全員に、店の変更を知らせるメールを送った。返ってきたのは、「了解」「OK」という短い返事ばかりだった。
「幹事って、要するに雑用係でしょ。大変だね」
給湯室で、隣の課の人が、悪気のない顔で言った。僕は、あいまいに笑ってうなずいた。
誰のために、こんなに走り回っているんだろう。その夜、布団の中で、僕はぼんやりと考えた。目を閉じると、あの大広間の夢が浮かんできた。手の届かない大皿と、空っぽの取り皿。
本番でも、きっと、あんなふうになるのだろう。そう思うと、少しだけ、胸の奥が冷たくなった。
忘年会の当日。
乾杯の声が上がった瞬間から、僕は座る暇もなかった。追加の飲み物を頼み、遅れてきた人を席に案内し、空いたお皿を下げてもらう。トイレの場所を聞かれ、二次会の場所を聞かれ、会費のおつりを数えた。
ふと気づくと、大皿の料理は、ほとんど空になっていた。
みんな、楽しそうに笑っている。僕がいなくても、宴会はちゃんと盛り上がっていた。入り口近くの、幹事用に空けておいた端の席で、僕は空っぽの取り皿を見つめた。
夢と同じだ、と思った。
自分で準備した宴会なのに、輪の外にいる。頑張ったはずなのに、どこにも自分の居場所がないような気がした。
「おい、幹事」
顔を上げると、部長が立っていた。手には、料理がたっぷりのった取り皿を持っている。お造りも、天ぷらも、鍋の具も、少しずつきれいに盛り分けてあった。
「さっきから、何も食ってないだろう。お前の分、取っておいた」
「え……」
「幹事の分を取っておくのは、昔からの礼儀なんだよ」
部長は、僕の隣にどかりと腰を下ろした。
「宴会ってのはな、もともと神さまに供えたものを、みんなで分けていただく場だったらしい。直会っていうんだ。同じものを食べて、同じ時間を過ごすから、仲間になれる」
部長は、自分のグラスを僕のグラスに軽く当てた。
「だから、準備した人間が食べられないんじゃ、意味がないだろう」
僕は、取り皿のお造りを口に入れた。冷えていたけれど、おいしかった。胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「さて」
部長は立ち上がると、ネクタイをゆるめ、頭に巻いた。
「ここからは無礼講だ。幹事に代わって、余興の最後は俺がやる」
部長が、まったく似ていない演歌歌手のものまねを始めると、部屋じゅうが大爆笑に包まれた。いつもは厳しい部長が、こぶしを回しながら、必死に裏声を出している。
気がつけば、僕も、お腹を抱えて笑っていた。
隣の席の先輩が、僕の肩を叩いた。
「段取り、完璧だったよ。おつかれ」
向かいの同期が、自分の皿から唐揚げを一つ、僕の取り皿にのせてくれた。
いつの間にか、僕の席は、輪の外ではなくなっていた。
お開きのあと、駅までの道を、さっきの先輩と並んで歩いた。
「実はね、私も入社二年目のとき、幹事をやったの」
先輩は、白い息を吐きながら笑った。
「当日、全然うまくいかなくて、途中でトイレにこもって泣いた。そしたら、当時の課長が、取り皿に料理を取っておいてくれてね。今日の部長と、同じこと」
僕は、思わず先輩の顔を見た。
「幹事の席ってさ、輪の外にあるように見えるけど、ほんとは、みんなの楽しそうな顔を、いちばん近くで見られる席なんだよ」
駅の明かりが、にじんで見えた。
その夜、また夢を見た。あの大広間の宴会の夢だった。
僕の席は、やっぱりテーブルから少し離れたところにあった。けれど、今度は、前に置かれた取り皿に、料理がきれいに盛られていた。
そして、テーブルのみんなが、椅子を少しずつずらして、僕の席のほうへ寄ってきた。離れていた席と、長いテーブルが、ゆっくりとつながっていく。
誰かが、僕のグラスに、かちんとグラスを合わせた。
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