
大みそかの夜、こたつでうたた寝をした私は、夢の中で、囲炉裏のある古い家にいた。
ぱちぱちと薪のはぜる音。向かいには、見知らぬおばあさんが座っていて、膝の上では、三毛猫が丸くなっていた。
「眠れないのかい。それなら、ひとつ昔話をしてあげようね」
おばあさんは、猫の背をなでながら、ゆっくりと語りはじめた。
――むかしむかし、まだ年に名前がなかったころのこと。
神さまが、動物たちにおふれを出しました。
「元日の朝、わしのところへ挨拶に来た者から順に、十二番目までを、一年ずつその年の大将にしよう」
動物たちは大喜び。誰もが、自分こそ一番になろうと張り切りました。
ところが猫だけは、日にちを聞きそびれてしまいました。そこで、物知りのねずみにたずねると、ねずみはにやりと笑って、こう言いました。
「挨拶の日は、元日の次の日だよ」
さて元日の朝。牛は前の晩から、のっしのっしと歩きはじめ、その背中には、こっそりとねずみが乗っておりました。門の前で、ねずみはぴょんと飛び降りて一番乗り。続いて牛、虎、うさぎ、龍、へび、馬、羊、猿、鶏、犬、そして最後に、いのししが駆けこみました。
次の日の朝、猫は張り切って神さまのところへ出かけました。けれど、門は静まりかえっています。
「おや、猫か。残念じゃが、十二の大将はもう決まってしまったよ」
猫は、悔しくて悲しくて、その場にうずくまってしまいました。
自分の年がない。自分だけ、どこにも入れない。そう思うと、涙がぽろぽろとこぼれます。
すると神さまは、しばらく猫を見つめてから、こう言いました。
「猫よ。おまえには、大将とは別の役目を頼みたい」
「……別の役目、ですか」
「年と年のあいだには、古い年が終わり、新しい年が始まる、境目がある。その境目は、誰の年でもない、ほんの一瞬の夜じゃ。おまえは、その夜の番をしておくれ」
猫は、きょとんとしました。
「番をして、何をするのですか」
「新しい年の大将が、自分の力を忘れずに走り出せるよう、そっと見送ってやるのじゃ。牛には粘り強さを、虎には勇ましさを、うさぎには跳ねる身軽さを。それぞれの持ち味を、思い出させてやっておくれ」
猫は、はじめて大将を見送った年越しの夜のことを、ずっと覚えていました。
次の年の大将は、牛でした。のっしのっしと歩き出そうとして、牛は少し不安そうに言いました。
「わしは足が遅い。こんなわしに、大将がつとまるだろうか」
猫は、牛の大きな背中を見上げて、言いました。
「あなたは、誰よりも休まず歩き続けられるでしょう。去年の元日だって、前の晩から歩き出して、ちゃんと二番目に着いたじゃありませんか」
牛は、はっとして、それから、ゆっくりとうなずきました。そして、一歩ずつ、確かな足取りで新しい年へ歩いていったのです。
それから猫は、毎年、年越しの夜に、敷居の上に座って、新しい大将を見送るようになりました。猫が今でも、戸口や敷居のあたりで、じっと外を見ていることがあるのは、そのころの名残なのだと、この家では語り継がれております。
――めでたし、めでたし。
おばあさんが話し終えると、膝の上の三毛猫が、ふあ、とあくびをした。
「ねえ、おばあさん。猫は、自分の年がなくて、寂しくなかったのかな」
私がたずねると、おばあさんは、ふふっと笑った。
「自分の年がなくても、毎年、誰かの始まりに立ち会えるだろう。それはね、自分の年が十二年に一度しか来ない動物たちより、ずっとたくさんの節目を知っているってことさ」
そのとき、遠くで除夜の鐘が鳴った。三毛猫がするりと膝から降りて、戸口の敷居の上に、ちょこんと座った。
「さあ、あんたの番だよ。来年の大将に、なにか言っておやり」
――目が覚めると、テレビの中で、新年のカウントダウンが始まっていた。
今年の私は、仕事でうまくいかないことが続いて、自分には何の取り柄もないような気がしていた。来年の目標を考えても、何も浮かばない。でも、夢の中の猫の言葉が、まだ耳に残っていた。
誰にでも、その人だけの持ち味がある。それを思い出させてくれる誰かが、きっといる。そして、思い出させる役目を、自分が担うことだってできる。
年が明けた瞬間、私はスマホを手に取って、落ちこんでいた後輩に、短いメッセージを送った。
「今年もよろしくね。あなたの、最後まで丁寧なところ、いつも助かってる」
送信ボタンを押してから、ふと、窓の外を見た。
向かいの家の塀の上で、一匹の猫が、じっと新しい年の夜空を見上げていた。
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