【夢物語】高度三万六千キロの密室|エレベーターの夢

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【夢物語】高度三万六千キロの密室|エレベーターの夢

夢の中で、私は小さなエレベーターに乗っていた。

乗っているのは、知らない人ばかり。誰も口をきかない。みんな、扉の上の数字だけを、じっと見つめている。私も、同じように数字を見つめた。

数字が、どんどん増えていく。十、百、千。いつまでたっても、止まる気配がない。いったい何階まで行くのだろう。降りたい、と思った瞬間、がくん、と箱が揺れて、明かりが消えた。

暗闇の中で、誰かが小さく息をのむ音がした。

――目が覚めると、カプセル型の座席の中だった。窓の外には、黒い宇宙と、青く丸い地球の縁が見えていた。

西暦二二一〇年。赤道上の海に建つ発着場から、細い一本の帯が、まっすぐ宇宙へと伸びている。軌道エレベーター〈天糸(あまいと)〉。地上から三万六千キロ上空の静止軌道ステーションまで、昇降機が五日かけて人と荷物を運んでいる。

私、結衣は、その昇降機の乗客だった。ステーションの研究施設に、新しい職場が決まったのだ。地上の暮らしも、友人も、家族も置いて、知らない場所へ向かう。自分で選んだことなのに、出発の朝から、胸の奥がずっとざわざわしていた。

昇降機の客室には、私のほかに乗客がもう一人いた。白髪まじりの、年配の男性。出発してから四日、私たちは、ほとんど言葉を交わしていない。食事の時間も、窓の外を眺める時間も、互いに気づいていながら、目を合わせないようにしていた。狭い客室で、それがいちばん気楽だった。

五日目の朝。到着まで、あと数時間というときだった。

がくん。

客室全体が大きく揺れ、照明が消えた。非常灯の赤い光だけが、ぼんやりと灯る。窓の外の景色が、止まっていた。

「……止まった?」

思わず声が出た。心臓が、どくどくと鳴る。高度三万キロ以上。外は真空の宇宙だ。もし、このまま落ちたら。

「落ちませんよ」

低い声がした。向かいの席の男性が、穏やかな顔でこちらを見ていた。

「この昇降機には、四重の制動装置がついています。帯が切れても、動力が止まっても、その場でしっかりつかまって止まるようにできている。私は、これの設計に関わっていましたから」

男性は、少しだけ照れくさそうに笑った。

「昔、エレベーターを発明した人が、博覧会で、自分の乗った箱のロープを切らせて見せたそうです。箱は落ちなくて、その人はこう言ったんですよ。『みなさん、安全です』って」

「……みなさん、安全です」

私は、その言葉をくり返した。不思議と、胸のざわざわが少し落ち着いた。

非常灯の赤い光の中で、私たちはぽつりぽつりと話をした。男性は、若いころにこの昇降機の設計に携わり、今は引退して、孫の住むステーションを訪ねるところだという。私が新しい職場に向かうことを話すと、男性は、ゆっくりとうなずいた。

「知らない場所へ行くのは、怖いですよね」

「はい。自分で決めたのに、ずっと、どこかで、降りたいと思っていました」

「私もね、この昇降機に初めて乗ったとき、ずっと階数の表示ばかり見ていました。早く着いてくれ、早く着いてくれって」

男性は、窓の外に目をやった。

「でも、途中で止まったときに、隣の人が話しかけてくれたんです。それがきっかけで、今の仕事に就いた。止まった時間が、いちばん大事な時間になったんですよ」

四十分後、照明が戻った。静かな振動とともに、昇降機は再び上昇を始めた。窓の外で、地球がゆっくりと遠ざかっていく。

到着の案内が流れたとき、男性が言った。

「あなたが降りる階は、私の知らない階です。どんな景色なのか、今度教えてください」

扉が開く。その向こうには、見たことのない、白く明るい通路がまっすぐに伸びていた。

私は一歩、踏み出した。

その夜、ステーションの小さな部屋で、私はまたエレベーターの夢を見た。知らない人ばかりの箱。数字だけを見つめる人たち。

けれど今度は、私は数字から目を離して、隣の人に話しかけた。

「どちらまで行かれるんですか」

隣の人が、少し驚いた顔で振り向き、それから笑った。

扉の上の数字は、もう、気にならなかった。

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エレベーターの夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、ホールのパーソナルスペースやゴッフマンの「儀礼的無関心」、オーチスの安全装置の実演や日本のエレベーターガールの歴史についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

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