【夢物語】十六分間の一周|観覧車の夢

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【夢物語】十六分間の一周|観覧車の夢

夢の中で、沙織は、観覧車のゴンドラに一人で座っていた。

ゴンドラは、ゆっくりと空へ上っていく。けれど、頂上に着いたところで、がくん、と止まった。いくら待っても、動き出さない。眼下には、真っ暗な街が広がっていた。明かりは、一つも見えなかった。

――目が覚めると、カーテンの向こうが、もう昼のように明るかった。

◇

十二月二十三日、午後五時。港の見える遊園地の大観覧車は、一周十六分。冬の夕暮れ、ゴンドラのひとつひとつに、明かりが灯りはじめていた。

【二十三番ゴンドラ 沙織】

沙織は、その日、会社で上司に叱られた。三か月かけて準備した企画が、会議で、あっさり却下されたのだ。

まっすぐ家に帰る気になれなくて、気がつけば、子どものころによく来た、この遊園地に来ていた。一人で観覧車に乗るのは、初めてだった。

ゴンドラが、ゆっくりと上っていく。窓の外の景色が、少しずつ広がっていく。

【八番ゴンドラ 直人と恵】

直人のコートのポケットの中で、小さな箱が、汗ばんだ手に握りしめられていた。

「……なんか、静かだね、今日」

向かいの席の恵が、首をかしげる。直人は、ぎこちなく笑った。頂上まで、あと四分。言うべき言葉を、もう百回は練習してきたのに、喉がからからだった。

【十二番ゴンドラ 健二と結菜】

「パパ、見て! 海が光ってる!」

六歳の結菜が、窓に額をくっつけて、はしゃいでいた。健二は、その横顔を、まばたきも惜しむように見つめていた。

離婚して、半年。娘に会えるのは、月に一度だけだ。今日は、ひと足早いクリスマスの日。夕方六時には、娘を元の家に送り届けなければならない。

「結菜、楽しい?」
「うん! パパとかんらんしゃ、だいすき!」

健二は、娘に見えないように、窓の外を向いて、目を細めた。

【十七番ゴンドラ 富子】

八十二歳の富子は、膝の上に、小さな写真を一枚置いていた。

今日は、亡くなった夫の誕生日だった。六十年前、二人が初めてデートしたのが、この港の観覧車だった。もちろん、いまの大きな観覧車ではなく、もっと小さな、木のベンチのゴンドラだったけれど。

「あなた、覚えてる? あのとき、あなた、高いところが怖くて、ずっと私の手を握ってたのよ」

富子は、写真に向かって、くすくすと笑った。

◇

午後五時八分。ゴンドラは、次々と頂上を迎えていた。

八番ゴンドラが頂上に着いたとき、直人は、ポケットから箱を取り出した。

「恵。結婚してください」

用意していた長い言葉は、全部どこかへ飛んでいた。恵は、目を見開いて、それから、両手で口もとを押さえて、何度もうなずいた。

その光景を、すぐ下の十二番ゴンドラから、結菜が見ていた。

「パパ、あのひとたち、ぎゅってしてる!」
「……ほんとだね」

さらに下の十七番ゴンドラから、富子も、窓越しに見上げて、その二人の姿を見つけていた。富子は、写真の夫に向かって、そっと言った。

「ほら、あなた。私たちみたいね」

二十三番ゴンドラが頂上に着いたとき、沙織は、窓の外を見下ろしていた。

眼下に、港の街が広がっていた。ビルの明かり、車のライト、イルミネーションの光。夢の中の真っ暗な街とは違って、無数の小さな光が、きらきらとまたたいていた。

あのどこかに、自分の会社のビルもある。けれど、ここから見ると、それは、ほかの光にまぎれて、どれがどれだか分からなかった。三か月かけた企画も、上司の厳しい言葉も、この景色の中では、ほんの小さな一粒の光に過ぎなかった。

沙織は、ふっと、肩の力が抜けるのを感じた。

◇

十二番ゴンドラが、ゆっくりと下りはじめたころ、結菜が、健二の袖を引いた。

「パパ、らいねんのクリスマスも、かんらんしゃ、のろうね」

健二は、一瞬、言葉につまった。来年のいまごろ、自分たちがどうなっているのか、分からなかったからだ。それでも、娘の小さな手を、そっと握り返した。

「うん。約束だ。来年も、その次も」

結菜は、窓の外の光に向かって、指切りをするように、小指を立てた。

午後五時十六分。ゴンドラは、一つずつ、地上へと戻ってきた。

乗り場の出口で、直人と恵が、まだ夢見心地で立ち止まっていると、あとから降りてきた富子が、二人に声をかけた。

「おめでとう。見えちゃったわ」

恵は、真っ赤になって笑った。富子は、写真を胸に抱いて、ゆっくりと歩いていった。

出口のそばで、父親と手をつないで売店をのぞいていた結菜が、ちょうどゴンドラから降りてきた沙織に、手に持っていたシールを差し出した。

「おねえちゃん、ひとり? これ、あげる」

星の形の、きらきらしたシールだった。

「……ありがとう」

沙織がしゃがんで受け取ると、結菜は、満足そうに笑って、父親の手を引いて駆けていった。健二が、振り返って、小さく会釈をした。

沙織は、手のひらの星のシールを、しばらく眺めていた。つらかった一日の、最後に手に入れた、小さな光だった。

その夜、沙織は、また観覧車の夢を見た。

ゴンドラは、ゆっくりと空へ上っていく。頂上に着いても、今度は、止まらなかった。眼下の街には、無数の光が灯っていた。そのひとつひとつに、誰かの一日が、きらめいていた。

ゴンドラは、そのまま、静かに地上へと下りていった。

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