
夢の中で、私は、薄暗いお堂の前に座っていた。
お堂の奥に、たくさんの手を持つ観音様が立っていた。その手の一つが、ゆっくりと、私のほうへ伸びてくる。私は、その手を取ろうとした。けれど、どうしても、腕が上がらなかった。
伸ばされた手は、私の目の前で、ずっと止まったままだった。
――目が覚めると、隣の布団で、母が静かに寝息を立てていた。秩父の民宿の、二日目の朝だった。
母が、秩父三十四か所の観音霊場を歩いて巡りたいと言い出したのは、父の一周忌が終わったあとのことだった。
「お父さんと、いつか一緒に行こうって話してたの」
六十二歳の母を、一人で行かせるわけにはいかない。私は、気が進まないまま、有給休暇を取って付き添うことにした。
私は、父の最期に間に合わなかった。仕事の大きな案件を抱えていて、母から「お父さんの具合が悪い」と電話があったときも、週末には帰るから、と答えた。父が亡くなったのは、その週の木曜日だった。
それから一年、私は、父の話を避け続けてきた。
一日目は、一番札所から歩きはじめた。白い笠をかぶり、納経帳を手に、一つひとつのお寺で手を合わせる。母は、それぞれの観音様の前で、長いこと目を閉じていた。私は、何を祈ればいいのか分からず、ただ形だけ手を合わせていた。
二日目、山あいの札所へ続く石段を上っているとき、母が、ふと立ち止まった。
「ここね、お父さんが、若いころに一人で来たことがあるんだって」
「……知らなかった」
「仕事で失敗して、落ちこんでたときに、ふらっと来たんだって。観音様の前で座ってたら、なんだか、全部許されたような気がしたって、言ってたよ」
母は、石段の上のお堂を見上げた。
「観音様ってね、世の中の人の声を、ちゃんと聞いてくださる仏さまなんだって。泣いてる人の声も、言葉にならない声も」
その夜、民宿の部屋で、母が、納経帳に押された朱印を一つずつ眺めていた。私は、ずっと聞けなかったことを、やっと口にした。
「お母さんは、怒ってないの。私が、お父さんのとき、帰らなかったこと」
母は、朱印から目を上げて、私をじっと見た。
「怒ってなんかいないよ。お父さんもね」
「でも」
「お父さん、最後の日に言ってたの。あの子は、いま大事な仕事をしてるんだから、呼ばなくていいって。あの子が頑張ってるのが、うれしいんだって」
私は、何も言えなかった。喉の奥が、熱くなった。
「自分を責めるのは、もうおしまいにしなさい。お父さんが一番悲しむのは、たぶん、そっちだから」
三日目、四日目と、私たちは歩き続けた。足には豆ができ、肩には笠の紐の跡がついた。けれど、不思議と、観音様の前で手を合わせるたびに、心のどこかが、少しずつほどけていく気がした。
三日目の昼、田んぼのあいだの道を歩いていると、農家の軒先から、腰の曲がったおばあさんが手招きをした。
「巡礼さんかね。お茶でも飲んでいきなさい」
縁側に腰を下ろすと、おばあさんは、湯気の立つお茶と、自家製の白菜の漬物を出してくれた。お金を払おうとすると、おばあさんは、首を横に振った。
「お接待だよ。昔から、この辺りじゃ、巡礼さんには、こうするもんなの。観音様の代わりに、ちょっと休んでもらってるだけさ」
冷えた体に、熱いお茶がしみた。見知らぬ人から、何の見返りもなく差し出された温かさ。私は、湯のみを両手で包みながら、ずっと張りつめていたものが、少しゆるんでいくのを感じた。
帰りぎわ、おばあさんは、私の顔をのぞきこんで言った。
「いい顔になってきたね。来たときは、ずいぶん硬い顔してたよ」
その日の夕方、私は、初めて、観音様の前で、ちゃんと手を合わせた。お父さん、ごめんね。それから、ありがとう。声には出さずに、心の中で、何度も繰り返した。
最終日。三十四番目の札所は、山の奥の、ひっそりとしたお寺だった。
本堂の近くに、岩をくりぬいた細い洞窟があった。「水くぐりの岩屋」と呼ばれていて、かつては、巡礼を終えた人が、この暗い岩屋をくぐり抜けることで、生まれ変わるといわれていたのだという。
母が、先に入っていった。私も、そのあとに続いた。
ひんやりとした暗闇の中を、手探りで進む。足もとで、かすかに水の音がする。狭い岩のあいだを、身をかがめて抜けていく。
その途中で、私は、なぜか急に泣けてきた。
父に会いたかった。最後に、一言でいいから、ありがとうと言いたかった。暗闇の中で、私は、声を殺して泣いた。前を行く母の背中が、少しだけ止まって、また、ゆっくりと進みはじめた。
岩屋を抜けると、まぶしい光が、目に飛びこんできた。
山の木々のあいだから、午後の日が、やわらかく差しこんでいた。母が、振り返って、私の顔を見て、何も言わずに、手ぬぐいを差し出してくれた。
その夜、帰りの電車の中で、私は、うとうとと眠りに落ちた。
また、あの薄暗いお堂の夢を見た。たくさんの手を持つ観音様が、私のほうへ、手を伸ばしている。
今度は、腕が、すっと上がった。
私は、観音様の手を取った。温かい手だった。その手は、どこか、子どものころに握った、父の大きな手に似ていた。
こちらもオススメ
観音様の夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、慈悲の心と脳の働きの研究や「慈しみの瞑想」の研究、法隆寺の夢殿の救世観音や百観音巡礼についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

コメント