
小さな体に鋭い針を持ち、それでいて甘い蜜をもたらしてくれる。蜂ほど、人に「怖さ」と「恵み」を同時に感じさせる生き物は少ないかもしれません。夢の中で蜂に出会ったとき、胸に残るのが恐れなのか、どこか温かい気持ちなのか。その揺れの背景を、日本の神話と歴史、そしてヨーロッパに伝わる不思議な風習からたどってみましょう。
場面ごとの夢の意味は、蜂の夢の夢占い記事にまとめています。
蜂の室と、身を守る布
日本で蜂が登場するもっとも古い物語の一つが、『古事記』に描かれた大国主神の試練です。
若き大国主神(大穴牟遅神)は、根の国でスサノオの娘・須勢理毘売と出会います。ところが父のスサノオは、娘の相手を試すかのように、次々と難題を課しました。最初の夜は蛇の室に、次の夜はむかでと蜂の室に、大国主神を寝かせたのです。
このとき須勢理毘売は、呪力を持つ「比礼(ひれ)」という布をそっと手渡し、それを振って身を守るよう教えました。大国主神は言われたとおりに比礼を振り、無事に朝を迎えたと語られています。
蜂は、ここでは若者の覚悟を試す恐ろしい存在として描かれています。けれど同時に、その試練は、支えてくれる人の存在によって乗り越えられるものでもありました。
三輪山に放たれた蜜蜂
『日本書紀』には、蜂の別の顔も記されています。
皇極天皇2年(643年)の条には、百済から来た人物が蜜蜂の巣を大和の三輪山に放って飼おうとした、という記事があります。これは、日本の歴史書にミツバチが登場するもっとも古い記録とされています。ただ、書紀はその試みについて、結局うまく増えなかったと伝えています。
蜂は、刺す虫であると同時に、甘い蜜や貴重な蝋をもたらしてくれる存在でした。人々は古くから、その恵みを暮らしの中に招き入れようと試みてきたのです。
踊りで伝える蜂

蜂が「伝える」生き物であることを、科学の目で明らかにした人がいます。オーストリアの動物学者カール・フォン・フリッシュです。
フリッシュは長年ミツバチを観察し、蜜のある花を見つけた働き蜂が、巣に戻って独特の踊りを見せることに注目しました。お尻を振りながら8の字を描くように進むこの踊りは「尻振りダンス」と呼ばれ、踊りの向きで花の方角を、踊りの長さや速さで距離を、仲間に伝えていることがわかったのです。
発表された当初、小さな虫がそれほど複雑な情報をやりとりできるという考えは、なかなか受け入れられませんでした。それでもフリッシュの研究は動物の行動を調べる学問の礎となり、1973年、コンラート・ローレンツ、ニコラス・ティンバーゲンとともにノーベル生理学・医学賞を受けています。
一匹の蜂が見つけた恵みは、踊りによって巣全体のものになります。蜂の勤勉さとは、ひとりで黙々と働くことではなく、見つけたものを仲間と分かち合う力でもあったのです。

一匹で見つけた花も、伝えればみんなの恵みになるのね。
あなたが見つけたうれしいことも、誰かに話してみるといいわ。
蜂に家族の知らせを伝える

イギリスをはじめヨーロッパ各地やアメリカの一部には、「Telling the bees(蜂に知らせる)」と呼ばれる風習が伝わっています。
養蜂をしている家で誰かが亡くなると、家の主は巣箱を一つずつ軽く叩き、その死を蜂に告げました。巣箱には喪のしるしとして黒い布が掛けられることもありました。結婚や誕生などのうれしい出来事も、同じように蜂に伝えられたといいます。蜂に知らせずにいると、蜂が巣を去ったり、弱って死んでしまったりすると信じられていたのです。
この風習は、遠い昔話ではありません。2022年9月にエリザベス女王が亡くなったとき、王室の養蜂家はバッキンガム宮殿などの巣箱に黒いリボンを結び、女王の死と、新しい国王を迎えたことを蜂たちに伝えたと報じられました。
蜂は、ここでは家族の一員のように扱われています。人の喜びや悲しみを分かち合う、身近な存在だったのです。

大切な知らせを、蜂にまで伝えていたなんてすてきよね。
あなたにも、話を聞いてほしい相手がいるかしら。
夢に戻る
蜂の室で試された大国主神。三輪山に放たれた蜜蜂。踊りで花の場所を伝え合うミツバチ。そして、家族の死を告げられるイギリスの蜂たち。蜂は、人を試す恐ろしい存在であると同時に、恵みをもたらし、暮らしに寄り添う存在でもありました。
蜂の夢で目を覚ましたときの緊張は、あなたの心が、周りの小さな危険を感じ取ろうとしているしるしです。そして同時に、その緊張の向こうには、努力が実を結ぶ甘い実りが待っていることも、蜂は教えてくれています。夢の中の蜂が怖かったなら、身を守ってくれる「比礼」のような存在、つまり頼れる人や安心できる習慣を、一つ思い浮かべてみてください。
キーボードの上を歩き、文字を打つ一匹の蜂。
蜂の夢をめぐる創作ストーリーは、こちらの夢物語で読むことができます。
参考文献
- 『古事記』上巻(大国主神の根の国訪問の段)
- 『日本書紀』巻第二十四(皇極天皇二年条)
- コトバンク「須勢理毘売命」(日本大百科全書)(https://kotobank.jp/word/須勢理毘売命)
- The Nobel Prize “The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1973” Press release(https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1973/press-release/)
- Wikipedia “Karl von Frisch”(https://en.wikipedia.org/wiki/Karl_von_Frisch)
- コトバンク「養蜂」(日本大百科全書・世界大百科事典)(https://kotobank.jp/word/養蜂)
- Wikipedia “Telling the bees”(https://en.wikipedia.org/wiki/Telling_the_bees)
- The Jerusalem Post “Royal beekeeper informs bees that Queen Elizabeth has died”(2022年9月11日)(https://www.jpost.com/omg/article-716854)