【夢ことほぎ】エスカレーターの夢の心理学的意味|由来・背景

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【夢ことほぎ】エスカレーターの夢の心理学的意味|由来・背景

エスカレーターの夢が持つ基本的な意味については、こちらの夢占い記事で解説しています。

この記事では、なぜエスカレーターが、夢の中で「無理なく進む流れ」と「人任せになっている自分」の両方を映すのかを、自分で動かす感覚をめぐる二つの心理学の視点と、エスカレーターという乗り物がたどってきた歴史、そして日本ならではの乗り方の文化から、掘り下げてみます。

結果は誰のおかげ?「統制の所在」

エスカレーターの夢を考えるうえで、まず手がかりになるのが、アメリカの心理学者ジュリアン・ロッターが1966年に発表した「統制の所在(ローカス・オブ・コントロール)」という考え方です。

ロッターは、物事の結果を、自分の努力や行動の結果だと受け止めやすい人を「内的統制」、運や他人、環境のせいだと受け止めやすい人を「外的統制」と呼び、人によってこの傾向に違いがあることを示しました。

エスカレーターは、自分が一歩も動かなくても目的の階へ運ばれていく乗り物です。夢の中でその感覚が心地よかったなら、いまは周りの流れを信頼し、上手に身を任せられている状態。反対に、どこへ連れていかれるのかわからず不安だったなら、自分で状況を動かせていない感覚が強まっているのかもしれません。

「自分にはできる」という自己効力感

もう一つの視点が、カナダ出身の心理学者アルバート・バンデューラが1977年に提唱した「自己効力感」です。これは、「自分ならこの状況でうまくやれる」と感じられる感覚のことで、バンデューラは、小さな成功を自分の力で積み重ねる経験が、この感覚を育てるいちばんの源になると考えました。

ロッターが「結果は誰のおかげか」という受け止め方に目を向けたのに対して、バンデューラは「自分にはできる」という見通しに目を向けたといえるでしょう。

エスカレーターを歩いて上る夢や、止まったエスカレーターを自分の足で上っていく夢は、運ばれるだけでは満たされない、自分の力で前に進んだという実感を、心が求めているサインとして読むこともできます。

はしごの名から生まれた乗り物

では、エスカレーターという乗り物そのものは、どのように生まれたのでしょうか。

「エスカレーター」という名前は、アメリカの発明家チャールズ・シーバーガーが、ラテン語で「はしご」や「階段」を意味するスカーラと、エレベーターを組み合わせて考えた造語だとされています。

シーバーガーの考案した装置は、1900年のパリ万国博覧会に出品されて高い評価を受け、この名前はもともとエレベーター会社の商標として使われていました。

けれど、あまりに広く使われるようになったため、1950年にアメリカで商標としての権利が認められなくなり、誰もが使える一般的な言葉になったといわれています。

日本では、1914年に上野で開かれた東京大正博覧会で初めて運転され、「自動階段」と呼ばれて人々を驚かせました。

右に立つか、左に立つか

そして日本には、エスカレーターをめぐる独特の文化があります。東京では左側に立って右側をあけ、大阪では右側に立って左側をあける、という暗黙のルールです。

大阪の右立ちの由来については、1960年代に大阪の駅で動く歩道が導入された際に、右側に立つよう案内されたのが始まりという説や、1970年の大阪万博で海外の習慣に合わせたのが定着したという説など、いくつかの説があり、はっきりとはわかっていません。

ところが近年は、歩くことによる事故を防ぐため、「立ち止まって乗る」ことが呼びかけられるようになりました。

2021年には埼玉県が、2023年には名古屋市が、エスカレーターでは立ち止まって乗るよう定めた条例を施行しています。

急ぎたい人のために片側をあける習慣から、みんなが同じ速さで運ばれていく乗り方へ。エスカレーターの乗り方は、いま少しずつ変わりつつあります。

「エスカレーター式」という言い回し

また日本語には、「エスカレーター式」という言い回しもあります。付属の学校から上の学校へ、試験を受けずにそのまま進学できる仕組みを指す言葉で、努力をしなくても次の段階へ運ばれていくというエスカレーターのイメージが、そのまま人生の進み方に重ねられています。

運ばれる安心と、自分の足で進む気持ち

運ばれる安心と、自分の足で進みたい気持ち。急ぐ人と、立ち止まる人。エスカレーターの夢は、あなたがいま、人生のどの段に立ち、どんな速さで次の階へ向かいたいのかを、そっと問いかけているのかもしれません。

ここまでの内容をもとにした、恋愛仕立ての創作ストーリーは、こちらの夢物語でお楽しみいただけます。

よくある質問

エスカレーターの夢で、歩いて上るのと立って乗るのでは意味が違いますか?

自己効力感の考え方に当てはめると、違いが見えてきます。立って乗っている夢は、周りの流れを信じて身を任せられている状態を、歩いて上る夢は、自分の力で結果をつかみたい、成長を実感したいという気持ちを映しやすいといえます。

どちらがよいということではなく、いまの自分にはどちらの進み方が合っているのかを考えるきっかけとして受け取ってみてください。

流れに任せることは、悪いことなのでしょうか?

統制の所在の研究でも、何でも自分の力でコントロールしようとすることが、必ずしも心の健康につながるわけではないと考えられています。

自分では変えられないことまで背負い込むと、かえって心が疲れてしまうからです。変えられることには自分で手を伸ばし、変えられないことは流れに任せる。

その切り替えが上手にできている人ほど、エスカレーターの夢を穏やかな気持ちで見られるのかもしれません。

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