【夢物語】三時十二分|地震の夢

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【夢物語】三時十二分|地震の夢

天井の照明がゆっくりと円を描いていた。

拓海は布団の上で体を起こした。床がきしみ、窓ガラスがかたかたと鳴っている。揺れは横から押し寄せ、壁の時計が傾いた。

逃げなければ。そう思って玄関へ向かうが、靴がない。暗い廊下を何度往復しても、靴だけが見つからなかった。

そこで目が覚めた。

部屋は静まり返っていた。枕もとのスマートフォンは、午前三時十二分を示していた。

見上げると、天井から下がった照明のかさが、ほんの少しだけ揺れていた。

◇

拓海がこの古い木造アパートに越してきて三か月になる。家で仕事をするウェブデザイナーで、二十六歳。駅から少し離れているが、家賃が安く、二階の角部屋は日当たりがよかった。

引っ越しは、前の会社を辞めたのと同じ月だった。独立して仕事は順調だが、収入は月によって大きく変わる。昼間はパソコンに向かい、夜は請求書と通帳を見比べる。そんな暮らしにも、ようやく慣れてきたところだった。

地震の夢を見るようになったのは、先月からだ。

夢の筋はいつも同じだった。照明が揺れ、窓が鳴り、靴が見つからない。そして目を覚ますと、決まって三時十二分なのだった。

暗い部屋に下がるペンダントライト

最初は偶然だと思った。けれど五回目のとき、拓海は寝る前に照明のかさに付箋を一枚貼っておいた。

その夜も三時十二分に目が覚めた。付箋は細かくふるえていた。

地震情報のアプリを開いた。揺れは観測されていなかった。

拓海は朝までそのまま起きていた。窓の外が白んでくるころ、近所の鳥が鳴きはじめた。照明のかさは、とっくに止まっていた。

◇

翌日、拓海は原因を探すことにした。

アパートの裏には貨物線の線路が通っている。夜中に貨物列車が通れば、古い建物なら揺れるかもしれない。調べると、たしかに深夜に通過する列車があった。けれど時刻は二時台と四時台で、三時十二分ではなかった。

近くの幹線道路も歩いてみた。大型トラックは夜通し走っているが、決まった時刻に何かが通るわけではなさそうだった。

部屋に戻り、床にビー玉を置いてみた。ビー玉は転がらなかった。建物が傾いているわけでもないらしい。

不動産屋に電話をすると、担当の男性は笑いながら言った。「築四十年ですからねえ。古い建物は、いろいろ鳴りますよ」。それ以上の答えは返ってこなかった。

夕方、ベランダで洗濯物を取りこんでいると、上の階から声がかかった。

「すみません、タオル落ちてませんか」

見上げると同じくらいの年の女性が手すりから身を乗り出していた。三階に住む看護師で、夜勤が多いのだと言った。拓海の部屋のベランダにひっかかっていたタオルを返すついでに、拓海は思いきって聞いてみた。

「夜中に、部屋が揺れること、ありませんか」

彼女は少し考えてから、目を丸くした。

「あります。夜勤のない日、三時すぎくらいに、コップの水がふるえるんです。地震かなと思ってアプリを見るんですけど、何も出なくて」

二人はしばらく顔を見合わせた。原因はどちらにもわからなかった。

「何かあったら、声かけてください」

彼女はそう言って、電話番号の書かれたメモを手すりの上から落としてよこした。

◇

その週末、拓海はホームセンターへ行った。

二リットルの水を六本、懐中電灯、乾電池、携帯ラジオ。ついでにスリッパではなく、底の厚いスニーカーをもう一足買った。

部屋に戻るとスニーカーを枕もとに並べ、懐中電灯をその横に置いた。水は押し入れの下の段にしまった。

ついでに、ずっと開けていなかった段ボールを片づけた。引っ越しのときのまま、本や食器が詰めこまれていた箱だ。重い箱は床に、軽いものは棚の上に。倒れてきそうな本棚は壁に寄せて、突っ張り棒で留めた。

作業を終えると、部屋は少し広くなったように見えた。

揺れの原因はわからないままだった。それでも靴の場所がわかっているというだけで、胸の奥のこわばりが少しだけゆるんだ。

◇

その夜も、拓海は夢を見た。

照明が揺れ、窓が鳴る。拓海は手を伸ばし、枕もとのスニーカーを履いた。懐中電灯をつけて玄関を開けると、外階段の上で、三階の明かりがついているのが見えた。

二人で階段を下り、アパートの前の道に出た。

町は静かだった。電線も揺れていない。街灯の下で自動販売機だけが小さくうなっていた。

「何も起きてませんね」

彼女が言った。拓海はうなずいた。夢の中なのに、夜風が少し冷たかった。

振り返ると、アパートの窓の向こうで、照明のかさがゆっくりと円を描き、やがて止まった。

◇

目を覚ますと、三時十二分だった。

照明のかさはやはりほんの少しだけ揺れていた。拓海は布団の中から、それが止まるまでじっと見ていた。三十秒ほどで、揺れは消えた。

スマートフォンには、何の通知も来ていなかった。上の階から、かすかに水を流す音が聞こえた。彼女も起きているのかもしれない。

拓海は懐中電灯の位置を手で確かめ、もう一度目を閉じた。

照明が揺れる理由は、いまもわからない。揺れる夜もあれば、揺れない夜もある。

ただ、拓海はもう夜中に飛び起きて靴を探すことはない。枕もとには、いつも同じ向きにスニーカーがそろえてある。

この夢の意味は → 【夢占い】地震の夢
なぜこの夢を見るのか → 【夢ことほぎ】地震の夢

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