
気づけば私は、橙色の灯りが連なる夜の通りに立っていた。
道の両側に、顔をくり抜いたかぼちゃのランタンがずらりと並んでいる。三角の目、ぎざぎざの口。その奥で揺れる炎が、石畳を温かく照らしていた。ハロウィンの夜の市場らしい。
通りの真ん中に、金色の馬車が止まっていた。丸くふくらんだ車体に、蔓のような飾りが巻きついている。どう見ても、かぼちゃだった。
「お待ちしておりました」
御者台から降りてきたのは、燕尾服を着た灰色のネズミだった。小さな帽子をちょこんと持ち上げて、うやうやしく頭を下げる。
「今夜だけ、あなたがなりたかったあなたに、お連れいたします。ただし、十二時の鐘が鳴るまでですが」
なりたかった私。その言葉に、胸の奥がちくりとした。三十四歳、小さな会社の経理担当。毎月同じ帳簿を締めて、同じ電車で帰る。スマートフォンを開けば、友人たちの華やかな転職や旅行の報告が流れてくる。私の毎日は、あまりにも地味だった。
私は、馬車に乗った。
車窓の向こうで、景色が溶けるように変わっていく。着いたのは、シャンデリアの輝く大広間だった。気づけば私はドレスをまとい、誰もが私に笑いかけ、私の名前を呼んでいる。すごいね、さすがだね、と拍手が起きる。
けれど、不思議なことに、私は何ひとつ思い出せなかった。自分が何をして、ここに立っているのか。何を頑張って、この拍手をもらっているのか。褒められるほど、足元がふわふわと頼りなくなっていく。
窓の外を、ランタンの灯りが流れていく。隣にいた老紳士が、ぽつりと言った。
「あの灯りは、もとはかぼちゃではなく、カブだったそうですよ。行き場をなくした男が、道を照らすために持ち歩いた灯りだとか」
行き場をなくした男。私はグラスを持つ手に力を込めた。ここは、私の居場所なんだろうか。
そのとき、鐘が鳴った。
ごおん、ごおん。一つ鳴るたびに、シャンデリアが消え、ドレスがほどけ、人々の笑顔が遠ざかっていく。十二回目の鐘が鳴り終わったとき、私は冷たい土の上に座り込んでいた。
そこは、夜明け前の畑だった。霜の降りた畝の上、私の目の前に、ひとつの大きなかぼちゃが転がっていた。馬車だったものだ。
持ち上げようとして、私は思わず声を漏らした。重い。両腕にずしりと沈み込むような重さだった。
「重いでしょう」
振り向くと、手ぬぐいを頭に巻いたおばあさんが、鍬にもたれて立っていた。
「それはね、あなたが春に種をまいて、夏に水をやって、秋まで待った分の重さよ」
「私、何もしてません。毎日同じことを繰り返してるだけで」
「同じことを、毎日繰り返してきたんでしょう。それを、畑では育てるって言うのよ」
おばあさんは、目尻にしわを寄せて笑った。
「魔法の馬車は十二時で消えるけど、畑で育てたかぼちゃは冬を越せる。昔の人はね、一年でいちばん日の短い冬至の日に、かぼちゃを食べて風邪を寄せつけないようにしたの。運が上向きに転じるようにって、願いを込めてね」
私は、腕の中のかぼちゃを見下ろした。硬い皮の内側に、ぎっしりと実が詰まっている。この重さは、魔法でもらったものじゃない。ミスなく締めてきた月末の帳簿、誰にも気づかれずに直してきた小さな数字。その一つひとつが、ここに詰まっているのだと思った。
東の空が、少しずつ白んでいく。
目が覚めたのは、九月の終わりの朝だった。
その日の帰り道、私はスーパーで四分の一に切られたかぼちゃを買った。家に帰って、皮ごと煮る。鍋の中で、少しずつ橙色が深くなっていく。一切れ口に運ぶと、ほくほくと甘かった。
派手な転職も、華やかな旅行もない。でも、この甘さは、私がこつこつ育ててきたものの味だ。
冬至が来たら、今度は実家の母と一緒に、かぼちゃを食べよう。今年一年、ちゃんと実った自分の重さを、確かめるように。
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