
夢の中で、私は、子どものころに通った銭湯「松の湯」の釜場に立っていた。
大きな釜の中で、薪が赤々と燃えている。けれど、その煙は、どこにも出ていかなかった。天井のあたりにたまった黒い煙が、少しずつ下りてきて、私の足もとまで広がっていく。
外を見上げると、高い煙突の口は、すすで真っ黒にふさがっていた。
息が苦しい。咳きこんだところで、目が覚めた。
隣では、六歳の息子の蓮が、すうすうと寝息を立てていた。
最近、私は、ため息ばかりついている。職場では、急に辞めた先輩の仕事を引き継ぎ、毎日のように残業が続いていた。迎えに行くのはいつも保育園の最後の一人で、帰ってからは、夕飯と洗濯と、明日の準備。夫は出張が多く、平日はほとんど家にいない。
それでも、私は誰にも「つらい」と言わなかった。言ったところで、何かが変わるわけでもない。大人なのだから、自分で何とかするしかない。そう思って、毎晩、言葉にならない気持ちを、ぐっと飲みこんできた。
その週末、実家の母から電話があった。
「松の湯、今月いっぱいで閉めるんだって」
私は、蓮を連れて、久しぶりに生まれ育った町へ向かった。
商店街の角を曲がると、見覚えのある煙突が、空に向かってまっすぐ立っていた。のれんをくぐると、番台には、昔と変わらず、松本のおじいさんが座っていた。
「おや、美咲ちゃんか。大きくなったなあ」
おじいさんは、しわだらけの顔で笑った。
蓮と一緒に、大きな湯船につかった。高い天井、壁いっぱいの富士山の絵、カコーンと響く桶の音。蓮は、はしゃいで、湯気の向こうに手を伸ばしていた。
お風呂から上がると、おじいさんが、裏の釜場を見せてくれた。蓮は、燃える薪に目を輝かせている。
「この煙突もな、年に一回、中のすすを落としてやらんといかんのよ」
おじいさんは、煙突の根元を、ぽんぽんと叩いた。
「すすがたまると、煙が外に出ていかんで、逆に釜場のほうへ戻ってくる。放っておいたら、火事になることもある。煙はな、ちゃんと外へ出してやらんといかん」
私は、ゆうべの夢を思い出した。黒くふさがった煙突の口。足もとまで下りてきた煙。
「人間も、同じだなあ」
おじいさんは、私の顔を見て、ぽつりと言った。
「美咲ちゃんは、昔から、何でも一人で飲みこむ子だった。転んでも、泣かんで、湯船の中でこっそり泣いとった」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で、何かがほどけた。
気がつくと、私は、釜場の前の古いベンチで、ぽろぽろと涙をこぼしていた。蓮が、驚いた顔で、私の手を握った。おじいさんは何も言わずに、薪をひとつ、釜にくべた。
その夜、家に帰ってから、私はノートを開いた。
そして、ずっと飲みこんできた気持ちを、そのまま書いてみた。疲れていること。誰かに手伝ってほしいこと。一人で頑張れない自分を、情けないと思っていたこと。
書いているうちに、少しずつ、自分の気持ちの形が見えてきた。私が苦しかったのは、忙しかったからだけではない。「つらい」と言ってはいけないと、自分で自分の煙突をふさいでいたからだ。
だから、言ってみよう。
出張から帰ってきた夫に、私は、ノートに書いたことを、ゆっくりと話した。夫は、最後まで黙って聞いてくれて、それから言った。
「気づかなくて、ごめん。来月から、出張を少し減らせないか、相談してみる」
翌週、職場でも、上司に仕事の分担を相談した。言ってみれば、拍子抜けするほど、あっさりと話は進んだ。
その夜、また、松の湯の夢を見た。
夕焼けの空に向かって、高い煙突から、白い煙がおだやかに昇っていた。煙は、ゆっくりと空に溶けていき、そのあとには、澄んだ風が吹いていた。
釜場の前では、松本のおじいさんが、満足そうに煙突を見上げていた。
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煙突の夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、アンナ・Oが名づけた「煙突掃除」やペネベーカーの筆記の研究、ブレイクの詩『煙突掃除の少年』や千住の「お化け煙突」についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。


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