【夢物語】肩で切りそろえる|髪を切る夢

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【夢物語】肩で切りそろえる|髪を切る夢

気づけば私は、古い理髪店の椅子に座っていた。

夜の店内には、ほかに客はいなかった。革張りの椅子はところどころすり切れていて、壁の時計はこちこちと遅れた音を刻んでいる。窓の外では、赤と白のサインポールが、ゆっくりと回り続けていた。

「いらっしゃい。今日は、どのくらい切りましょうか」

鏡越しに声をかけてきたのは、白い上着を着た小柄なおばあさんだった。手には、よく手入れされた銀色のハサミを持っている。

私は、鏡の中の自分を見た。背中の真ん中まで伸びた髪。三年前、当時付き合っていた人が「長いほうが似合う」と言ってくれてから、一度も短くしていない髪だった。その人と別れて、もう一年が経つ。それなのに、なぜか切れずにいた。

「……わからないんです。切ったほうがいいのか、どうか」

来月から、新しい職場に移ることが決まっていた。何かを変えたいと思っているのに、何を手放せばいいのかがわからなかった。

おばあさんは、私の髪をひと房すくい上げて、光にかざした。

「長い髪には、そのぶんの時間が詰まってるからね。怖いのは当たり前よ」

ふと鏡を見ると、そこに映る私の姿が変わっていた。肩までのボブの高校生の私。前髪を伸ばしかけていた大学生の私。そして、髪を伸ばしはじめた頃の、少し緊張した顔の私。鏡の奥に、いくつもの長さの私が、合わせ鏡のように並んでいる。

「切ったら、何か大事なものまでなくなりそうで」

「サムソンの話を知ってる?」

おばあさんは、ハサミをくるりと指で回した。

「髪を切られて、力をなくしてしまった昔の英雄の話。みんなそこばかり覚えてるけどね、あの話には続きがあるの。牢屋の中で、髪はまた伸びて、力も戻ってきたのよ」

「……また、伸びる」

「そう。髪は、必ずまた伸びる。切ることは、なくすことじゃないの」

おばあさんは、鏡の中の一番奥、髪を伸ばしはじめた頃の私を指さした。

「昔の人はね、出家するときも、全部を剃り落とさずに、肩のところで切りそろえることがあったの。尼削ぎっていってね。区切りをつけるのに、全部を捨てる必要はない。ここまで、と自分で決めればいいのよ」

ここまで、と自分で決める。

私は、鏡の中の自分をまっすぐに見た。背中まで伸びた髪の、どこからどこまでが「あの人のため」で、どこからが「私のため」だったのか。考えているうちに、答えは驚くほどはっきりしていた。

「肩で切りそろえてください。……いえ、もっと短く。ショートにしてください」

「思い切ったわね」

おばあさんは、目尻にしわを寄せて笑った。

しゃきん、とハサミが鳴った。

長い髪がひと房、はらりと床に落ちる。その瞬間、鏡の奥に並んでいた過去の私たちの一人が、ふっと微笑んで消えた。しゃきん。もう一人。しゃきん。首筋が、少しずつ軽くなっていく。夜の空気が、むき出しになったうなじをひやりと撫でた。

最後のひと切りが終わったとき、鏡の中には、今の私だけが映っていた。耳が出るほど短くなった髪。見慣れないはずなのに、なぜか、ずっと前から知っていた顔のような気がした。

おばあさんは、床に落ちた髪を丁寧に集め、小さな和紙の包みにして、私の手に乗せた。

「これは捨てるものじゃないわ。あなたがここまで伸ばしてきた、時間の証。ちゃんと持って帰りなさい」

包みは、驚くほど軽かった。

目が覚めると、枕の上に、長い髪が広がっていた。夢の中の軽さが恋しくて、私はしばらくその髪を指で梳いていた。

その週末、私は美容院を予約した。鏡の前に座ると、若い美容師さんがにこやかに尋ねた。

「今日は、どのくらい切りますか?」

「ショートで。耳が出るくらいまで」

美容師さんは一瞬目を丸くして、それから「絶対似合いますよ」と笑った。

新しい職場への初出勤の朝、駅までの道を歩きながら、秋の風が首筋を通り抜けていった。

髪は、また伸びる。そのときは、今度こそ自分のために伸ばしてみよう。

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髪を切る夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、ショートにする夢についてはこちらの夢占い記事で、サムソンの物語や尼削ぎ、断髪の歴史についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

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