【夢物語】裏返しのTシャツ|彼氏の夢

この記事は約4分で読めます。
【夢物語】裏返しのTシャツ|彼氏の夢

夢の中で、湊が、私の少し前を歩いていた。

見慣れた紺色のパーカー。少し猫背の背中。名前を呼んでも、湊は振り向かない。足を速めても、なぜか距離は縮まらなかった。

「湊」

もう一度呼んだところで、目が覚めた。

付き合って、三年になる。湊は、半年前に大きな仕事を任されてから、ずっと忙しかった。会えるのは週末の半日くらい。電話をしても、湊の声はいつも少し疲れていて、私は、つい自分の話を飲みこむようになっていた。

嫌われたわけじゃない。分かっている。でも、二人のあいだに、薄い膜が一枚はさまっているような気がしていた。

先週の日曜日も、そうだった。

久しぶりに二人で出かけた、川沿いのカフェ。窓の外では、銀杏の葉が色づきはじめていた。私は、描きかけの絵本のことを話そうと、スケッチブックをかばんに入れてきていた。

けれど、席についてすぐ、湊のスマホが震えた。

「ごめん、ちょっとだけ」

湊は、仕事のメッセージに返信しはじめた。眉間に、細いしわが寄っている。私は、かばんの中のスケッチブックに触れた手を、そっと引っこめた。

「それで、最近どう?」

しばらくして顔を上げた湊に、私は「うん、変わりないよ」と笑って答えた。

帰り道、湊は、私の少し前を歩いていた。電話をしながら、早足で。その背中を見ながら、私は、夢の中と同じだ、と思った。呼べば、きっと振り向いてくれる。分かっているのに、なぜか、声が出なかった。

その週の水曜日、うれしい知らせが届いた。

趣味で描いていた絵本が、小さな出版社のコンテストで、佳作に選ばれたのだ。

真っ先に、湊の顔が浮かんだ。けれど、時計を見ると夜の十時。きっと、まだ会社だろう。疲れているところに、自分のことで連絡するのは、なんだか気が引けた。

迷ったすえに、短いメッセージだけを送った。

「絵本、佳作になったよ」

スマホを置いて、お風呂に入ろうとした、そのときだった。着信音が鳴った。

「美緒、すごいじゃん!」

湊の声は、ここ半年で聞いたどの声よりも明るかった。

「どの話? あの、くまが雲を集めるやつ? 審査員の人、なんて言ってた?」

矢継ぎ早の質問に、私は思わず笑ってしまった。あの絵本のこと、ちゃんと覚えていてくれたんだ。

一時間後、玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、スーツ姿の湊が、少し息を切らして立っていた。手には、コンビニの小さなショートケーキが二つ。

「ごめん、こんなのしかなくて。でも、今日お祝いしたかったから」

小さなテーブルで、私たちはケーキを食べた。ろうそくの代わりに、湊がスマホのライトを灯した。

それから、久しぶりに、たくさん話した。

「実はさ」

湊が、フォークを置いて言った。

「最近、美緒が遠くに感じてた。俺が忙しくしてるから、気をつかわせてるんだろうなって思って。それなのに、疲れてるって言うのも、かっこ悪い気がしてさ」

私は、目をまるくした。湊も、同じ膜を感じていたのだ。

「私も。迷惑かけちゃいけないと思って、話すの我慢してた」

二人で顔を見合わせて、それから、ふっと笑った。互いに相手を思って、黙っていただけだったのだ。

その夜、私たちは約束をした。うれしいことも、しんどいことも、ちゃんと言うこと。

翌週、湊は一週間の出張に出かけた。

毎晩、短い電話をした。今日の天気、昼に食べたもの、絵本の次の話のこと。たったそれだけなのに、離れているのに、前より近くに感じた。

三日目の夜の電話で、湊は、めずらしく弱音をこぼした。

「今日、会議でミスしてさ。先輩にかなり怒られた」

以前の私なら、疲れている湊に気をつかって、「大丈夫だよ」とだけ言って、早めに電話を切っていたと思う。でも、その夜は、最後まで話を聞いた。湊は、ぽつりぽつりと、悔しかったことや、自分が情けなかったことを話してくれた。

「話したら、ちょっと楽になった」

電話を切る前、湊は言った。

「美緒に弱いとこ見せるの、初めてかも」

私は、スマホを耳に当てたまま、ひとりで笑った。三年も付き合っていたのに、まだ知らない湊がいた。それが、なんだかうれしかった。

出張から帰る日の朝、私は合鍵で湊の部屋に入って、朝ごはんを作って待つことにした。

ところが、湊はもう帰ってきていた。夜行バスで、一本早く戻ったらしい。ソファの上で、毛布にくるまって眠っている。

そっとのぞきこんで、私は、思わず吹き出しそうになった。

湊のTシャツが、裏返しだった。縫い目も、タグも、全部外に出ている。

「……ん、美緒?」

目を覚ました湊は、私の視線に気づいて、慌てて自分の胸もとを見た。それから、耳まで真っ赤になった。

「これは、その」

「寝ぼけて着たの?」

「いや……昔の歌人が、寝間着を裏返しに着て寝ると、好きな人の夢が見られるって詠んだって、ネットで読んで」

湊は、毛布で顔を半分隠した。

「出張中、毎晩、裏返して寝てた」

私は、もう我慢できなくて、声を出して笑った。笑いながら、なぜだか少し涙が出た。

「それで、夢、見られた?」

「三回」

湊は、照れくさそうに笑って、私の手を引いた。

その夜、私は、またあの夢を見た。

湊が、私の少し前を歩いている。名前を呼ぶと、今度は、すぐに振り向いた。

「美緒」

差し出された手を握る。湊が着ている紺色のパーカーは、やっぱり裏返しだった。

私たちは、並んで歩きだした。

こちらもオススメ

彼氏の夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、アロンらの「心が近づく質問」の研究やゲーブルらの「喜びの分かち合い」の研究、平安時代の後朝の文や夢の通い路についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました