
薄暗い部屋に、ミラーボールの光がくるくると回っていた。
夢の中の私は、カラオケボックスのソファに座っていた。隣には、大学のサークルの一つ上の先輩、陽介さんがいる。二人きりだった。テーブルの上には、汗をかいたウーロン茶のグラスが二つ。
画面に、曲名が表示された。私がこっそり好きな、昔の恋のデュエット曲だった。
「一緒に歌おうよ」
陽介さんが、マイクを一本、私に差し出した。
伴奏が流れはじめる。先に陽介さんのパートが始まり、少し低くて柔らかい声が、部屋いっぱいに広がった。私は、その声を聞いているだけで、胸がいっぱいになった。
そして、私のパート。
マイクを口元に近づけた。けれど、声が出なかった。画面の歌詞は流れていくのに、喉の奥で、何かがつかえている。
画面を見て、息をのんだ。流れているのは、元の歌詞ではなかった。
「ずっと前から 気づいてほしかった」
「となりで笑う あなたの横顔」
私が、誰にも言えずにいた気持ちが、そのまま歌詞になって流れていた。
歌えなかった。こんな歌詞、陽介さんの前で、歌えるはずがなかった。
伴奏だけが流れ続ける。陽介さんが、不思議そうに私の顔をのぞき込んだ。
「……どうしたの?」
何も答えられないうちに、曲は終わり、画面は真っ暗になった。
採点画面に、大きな数字が表示される。
「0点」
――目が覚めると、目尻が少し濡れていた。
陽介さんとは、サークルに入ったときからずっと、仲のいい先輩後輩だった。一緒に帰ったり、課題を手伝ってもらったり。でも、それ以上の言葉を、私は一度も口にしたことがなかった。言ってしまえば、この心地よい関係が壊れてしまいそうで、怖かったのだ。
その週末、サークルの打ち上げで、みんなでカラオケに行くことになった。
大部屋に十人ほどが集まって、次々と曲が入っていく。盛り上がる流行りの歌、懐かしいアニメソング。私は、タンバリンを叩きながら、ずっと陽介さんの横顔を見ていた。
「ねえ、昔の人って、歌で告白してたらしいよ」
隣に座った同期の沙耶が、スマートフォンを見ながら言った。
「山に男女が集まって、歌を掛け合って、恋人を見つけたんだって。歌垣っていうらしい」
「……へえ」
歌で、気持ちを伝える。夢の中で歌えなかった歌詞が、頭の中によみがえった。
私は、デンモクを手に取った。夢と同じ、あのデュエット曲を探す。指が、少し震えた。送信ボタンを押す。
画面に曲名が表示されると、何人かが「おー」と声を上げた。
私は、マイクを一本持って、立ち上がった。そして、部屋の奥に座っている陽介さんのところまで歩いていった。
「陽介さん。これ、一緒に歌ってくれませんか」
陽介さんは、少し驚いたように目を丸くして、それから、ふっと笑ってマイクを受け取った。
「いいよ。この曲、好きなんだ」
伴奏が始まる。陽介さんのパートが終わり、私のパートがやってきた。
息を吸う。今度は、声が出た。
少しだけ震えていたけれど、ちゃんと、最後まで歌えた。二人の声が重なるサビのところで、陽介さんが、ちらりと私を見て笑った。
曲が終わると、みんなが拍手をしてくれた。採点は、八十七点。
その帰り道、駅までの道を、陽介さんと二人で歩いた。
「さっきの歌、よかったね」
「……ありがとうございます」
しばらく黙って歩いたあと、陽介さんが、ぽつりと言った。
「あの曲、デュエットの続きがあるって知ってた?」
「続き?」
「二番。今日は時間がなくて歌えなかったけど」
陽介さんは、少し照れたように、前を向いたまま言った。
「今度、二人で行ったときに、歌おうか」
夜風が、火照った頬に心地よかった。
夢の中で0点だった私の歌は、ようやく、届けたい人に届いたみたいだった。
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