
SNSの夢が持つ基本的な意味については、こちらの夢占い記事で解説しています。
この記事では、なぜSNSが、夢の中で「つながりたい気持ち」と「評価への意識」の両方を映すのかを、人と比べる心、人前で演じる心、取り残される不安という三つの心理学の視点と、言葉に力が宿ると考えてきた日本の言葉の文化から、掘り下げてみます。
人と比べずにいられない心
SNSの夢を考えるとき、まず手がかりになるのが、アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが1954年に発表した「社会的比較理論」です。人は、自分の考えや能力が正しいのかを確かめたいとき、はっきりした基準がなければ、身近な他人と自分を比べて判断する、というのがその出発点でした。
のちの研究では、この比較に二つの向きがあることも注目されました。自分より上手くいっているように見える人と比べる「上方比較」は、目標を与えてくれる一方で、劣等感を生みやすい。
自分より苦労しているように見える人と比べる「下方比較」は、一時的に心を楽にしてくれる一方で、成長の手がかりにはなりにくい。
SNSのタイムラインには、この両方の材料が、一日中途切れることなく流れてきます。
SNSの夢で、誰かの華やかな投稿を見て落ち込んでいたなら上方比較に、誰かの失敗を見てほっとしていたなら下方比較に、心がかたむいているのかもしれません。
表舞台と舞台裏を行き来する私たち
二つ目の視点は、アメリカの社会学者アーヴィング・ゴッフマンが1959年の著書『日常生活における自己呈示』で示した考え方です。
ゴッフマンは、人は日常の中で、観客の前に立つ役者のように、相手に合わせて自分の見せ方を調整していると考えました。
人に見せる「表舞台」と、演技を解いて素に戻れる「舞台裏」があり、人はその二つを行き来しながら暮らしている、というのです。
SNSは、まさにこの表舞台そのものです。写真を選び、言葉を整え、見せたい自分だけを並べることができます。
そう考えると、SNSの夢でアカウントを乗っ取られたり、秘密の投稿が見られてしまったりする場面は、表舞台と舞台裏の境目が崩れる不安を映していると読むこともできるでしょう。
夢は、ふだん見せていない舞台裏の自分に、光を当てようとしているのかもしれません。
取り残される不安「FOMO」
三つ目は、2013年に心理学者アンドリュー・プシビルスキーらの研究グループが論文の中で定義した「FOMO(フォーモ)」です。
Fear of Missing Out、つまり「自分のいないところで、誰かが楽しい体験をしているのではないか」という、取り残されることへの不安を指す言葉で、この不安が強い人ほどSNSを頻繁に確認しやすい傾向があると報告されました。
ログインできない夢や、自分だけ話題を知らない夢の背景には、このFOMOに近い心の動きが潜んでいることがあります。
言霊の国と、言挙げせぬ国
では、日本の人々は、言葉を発することをどのように考えてきたのでしょうか。
『万葉集』には、山上憶良が日本を「言霊の幸(さき)はふ国」、つまり言葉に宿る力によって幸せがもたらされる国と詠んだ歌が残っています。
その一方で、同じ『万葉集』には、柿本人麻呂の歌集に出てくる歌として、日本を「言挙げせぬ国」と詠んだ一節もあります。
言挙げとは、自分の思いを声高に言い立てることです。言葉には強い力があるからこそ、むやみに口に出さない。
古代の人々は、言葉の力を信じると同時に、その力をおそれてもいたのです。
名前を伏せた言葉、二条河原落書
また、名前を伏せた言葉が世の中に広まることも、SNSが生まれるずっと前からありました。
1334年ごろ、京都の二条河原に掲げられたとされる「二条河原落書」は、「此比(このごろ)都ニハヤル物」という書き出しで、当時の政治や世の中の混乱を痛烈に風刺した文書です。
誰が書いたかわからない言葉が、人々の口から口へと伝わり、時の権力者への批判として広まっていきました。
名前を伏せた言葉の強さと危うさは、現代のSNSにもそのまま通じています。
SNSの夢が映す、つながりと評価
比べる心、演じる心、取り残される不安。そして、言葉の力を信じ、同時におそれてきた長い歴史。SNSの夢は、あなたが画面の中に何を差し出し、どんな言葉を受け取りたいのかを、そっと問いかけているのかもしれません。
ここまでの内容をもとにした、恋愛仕立ての創作ストーリーは、こちらの夢物語でお楽しみいただけます。
よくある質問
SNSの夢で落ち込んだとき、誰かと比べる気持ちはどう整えればいいですか?
社会的比較の研究では、比べること自体は、人が自分を知るための自然な心の働きだと考えられています。
大切なのは、比べる相手と、比べる向きに気づくことです。落ち込んだときは、昨日の自分や、半年前の自分と比べてみてください。
他人ではなく過去の自分との比較は、成長の手ごたえを感じやすく、心を責めるより励ます方向へ働きやすいといわれています。
SNSで見せている自分と本当の自分が違うのは、よくないことですか?
ゴッフマンの考え方に立てば、場面に合わせて見せ方を変えるのは、誰もが日常で行っているごく自然なことです。
職場と家とで話し方が違うように、SNSで少し整えた自分を見せるのも、表舞台での振る舞いの一つといえます。
気をつけたいのは、表舞台に立ち続けて、舞台裏で休む時間がなくなってしまうことです。夢の中で疲れを感じていたなら、画面を閉じて素の自分に戻れる時間を、意識してつくってみてください。