【夢ことほぎ】誘拐される夢の心理学的意味|由来・背景

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【夢ことほぎ】誘拐される夢の心理学的意味|由来・背景

花を摘んでいた娘の足もとで、ふいに大地が裂ける。黒い馬に引かれた車が駆けあがり、娘はそのまま地の底へ連れ去られてしまう。これは、今から二千数百年前のギリシャで語られていた神話の一場面です。

誰かに連れ去られ、知らない場所へ運ばれていく。誘拐される夢を見た朝の、あの心細さに似た物語を、人は大昔から語りついできました。場面ごとの夢の意味は、誘拐される夢の夢占い記事にまとめています。ここでは、東西の三つの「連れ去られる物語」をたどりながら、この夢がなぜこれほど人の心をざわつかせるのかを考えてみます。

地の底へ連れ去られた娘

冒頭の娘は、ギリシャ神話の女神ペルセポネです。大地の実りをつかさどる女神デメテルのひとり娘でした。

古代ギリシャの詩『デメテルへの讃歌』によると、ペルセポネは野原で花を摘んでいるところを、冥界の王ハデスにさらわれます。娘を失ったデメテルは、たいまつを手に九日のあいだ地上をさまよい、悲しみのあまり大地に実りをもたらすことをやめてしまいました。畑は枯れ、人々は飢えに苦しみます。

枝に実る赤いざくろ

困りはてた神々の王ゼウスは、ペルセポネを母のもとへ帰すよう命じました。ところが、ペルセポネは冥界で、ハデスにすすめられたざくろの実を口にしていました。冥界の食べ物を食べた者は、地上だけで暮らすことはできません。こうしてペルセポネは一年の三分の一を冥界で、残りを母のもとで過ごすことになったと語られています。

娘が地上に戻ってくる季節には花が咲き、冥界へ下りる季節には大地が眠る。季節のめぐりを説明するこの神話は、連れ去られることが、ただの悲劇ではなく少女が母の手を離れ、自分の居場所を持つまでの物語でもあることを伝えています。ペルセポネは冥界の王妃となり、地の底の世界をおさめる女神にもなったのです。

妖精がさらう「取り替え子」

ヨーロッパの各地には、妖精が人間の赤ちゃんをこっそり連れ去り、代わりに妖精の子を置いていくという言い伝えがありました。置いていかれた子は「取り替え子(チェンジリング)」と呼ばれます。

赤ちゃんが急に泣きやまなくなったり、ある日から様子が変わったように見えたりすると、昔の人々は「妖精にすり替えられたのではないか」とおそれました。説明のつかない変化を前にした親の不安が、この言い伝えを生んだのだと考えられています。

妖精から赤ちゃんを守るために、ゆりかごのそばに鉄でできたものを置いたり、はさみを掛けておいたりする習わしもありました。妖精は鉄をきらうと信じられていたからです。眠っているあいだに大切な子がいなくなってしまうかもしれないという怖さは、それほど身近なものだったのでしょう。

シェイクスピアの喜劇『夏の夜の夢』にも、この取り替え子が登場します。妖精の王オーベロンと女王タイターニアが仲たがいしたのは、インドの王のもとからさらわれてきた一人の男の子を、どちらが手もとに置くかで争ったからでした。「夢」という題を持つ物語の始まりに、さらわれた子どもがいるのは、どこか不思議な重なりです。

anima
anima

いなくなる怖さと、変わっていく怖さ。昔の人は、その二つを妖精の物語にあずけたのね。

説明のつかない不安も、名前をつけると少しだけ抱えやすくなるわ。

我が子を探して隅田川へ

日本にも、さらわれた子をめぐる物語が残っています。室町時代に観世元雅が書いたとされる能『隅田川』です。

都に住む母親の一人息子・梅若丸が、人買いにさらわれて行方知れずになります。母は我が子を探して心を乱し、はるばる東国の隅田川までたどり着きます。ところが渡し舟の船頭から聞かされたのは、ちょうど一年前、人買いに連れられてきた少年が病に倒れ、この川のほとりで亡くなったという話でした。

その少年こそ梅若丸でした。母が塚の前で念仏をとなえると、塚の中から子どもの声が聞こえ、やがてその姿がまぼろしのように現れます。けれど母が抱きしめようとすると、姿はすっと消え、夜明けの光の中には草の茂る塚だけが残っていました。

能の舞台では、子どもの姿を実際に見せるかどうかで、昔から演じ方が議論されてきたといわれます。見えるのか、見えないのか。連れ去られた者は、残された人の心の中で、いつまでも探され続ける。『隅田川』は、その痛みを今に伝える物語です。東京都墨田区の木母寺には、梅若丸を供養する梅若塚が残されています。梅若丸の命日とされる旧暦三月十五日のころに降る雨は「梅若の涙雨」と呼ばれてきました。命日の梅若忌は、春の季語にもなっています。さらわれた子を思う気持ちは、何百年たっても、雨の名前の中に生き続けているのです。

夢に戻る

ペルセポネは地の底で新しい役目を得て、取り替え子の言い伝えは子どもの変化に戸惑う親の心を映し、『隅田川』の母は失った我が子を探し続けました。三つの物語には、連れ去られる側の心細さと、残される側の不安の両方が描かれています。

誘拐される夢を見た朝は、自分がどちらの立場にいたのかを思い出してみましょう。連れ去られる側だったなら、あなたは今、今いる場所から離れて新しい役目を見つける時期にさしかかっているのかもしれません。大切な人が連れ去られる側だったなら、その人を思う気持ちが、夢の中で形になったのでしょう。どちらの夢も、自分にとって何が大切なのかを教えてくれています。

行き先を決め続ける毎日と、行き先を決めなくていい夢の中の車。

誘拐される夢をめぐる創作ストーリーは、こちらの夢物語で読むことができます。

参考文献

  • 『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳注、ちくま学芸文庫、2004年(「デーメーテールへの讃歌」)
  • シェイクスピア『夏の夜の夢・あらし』福田恆存訳、新潮文庫
  • 観世元雅作 能『隅田川』
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