
着物の夢が持つ基本的な意味や、着る場面ごとの読み解き方は、こちらの夢占い記事にまとめています。
ここでは、着物という一枚の布が、なぜ夢の中で「改まった決意」や「受け継がれる想い」を映すと考えられてきたのかを見つめていきます。
人がものに宿ると感じる「誰かの気配」をめぐる研究と、決まった手順が心を落ち着かせる働きを確かめた実験。そして、子どもの着物の背中に縫われたお守りや、千三百年前の歌に詠まれた袖、最後の一片まで使いきられた着物の一生から、その奥をたどってみましょう。
大好きな人のセーターは、洗うと価値が下がる
アメリカの心理学者ジョージ・ニューマン、ギル・ディーゼンドラック、ポール・ブルームは、2011年に、人がものの価値をどう感じているのかを調べた研究を発表しました。
参加者たちに、有名人が身につけていたセーターを、どれくらいの値段で買いたいかを尋ねます。すると、好きな有名人のセーターは、その人が実際に着ていたと思えるほど、高く評価されました。
興味深いのは、そのセーターが、すでに洗濯されて、きれいにされていると聞かされた場合です。好きな人のセーターは、とたんに価値が下がってしまいました。反対に、嫌いな人のセーターは、きれいにされたと聞くと、かえって価値が上がったのです。
研究者たちは、人が、持ち主のなにかが、ふれたものに残り続けると、どこかで感じているのだと考えました。
祖母の着物に袖を通すと、なぜか背中を押されているような気がする。それは、布に、大切な人の気配が宿っていると感じる、人の心の自然な働きなのかもしれません。
決まった手順が、緊張をほどいていく
アメリカの研究者アリソン・ウッド・ブルックスたちは、2016年に、決まった手順の小さな儀式が、緊張する場面でどう働くかを確かめた実験を発表しました。
参加者たちは、知らない人の前で、ひとりで歌を歌うことになります。その直前に、半分の人は、いまの気持ちを絵に描き、その上に塩をふり、声に出して五まで数え、紙を丸めて捨てる、という手順を行いました。
すると、この手順を「儀式」として行った人たちは、何もしなかった人たちより不安が小さく、歌の出来もよかったのです。
長じゅばんを着て、衿を合わせ、腰ひもを結び、帯を締める。着付けもまた、決まった順番をひとつずつたどっていく、儀式のような営みです。晴れの日の前に着物を着ると、不思議と心が定まるのは、手順そのものが、私たちの緊張を静めてくれるからなのかもしれません。
着物が、心を整えてくれるもの
ニューマンたちは、ものに大切な人の気配が宿ると感じる心の働きを示しました。ブルックスたちは、決まった手順をたどることが、緊張をやわらげ、力を引き出すことを確かめました。
着物の夢を見たら、まず、いまのあなたを、誰の想いが支えてくれているのかを思い浮かべてみてください。
次に、大切な場面を前にして、心を整えるための、自分なりの「手順」を持てているかを。
そして、その手順を、どんな晴れの日のために使いたいのかを、考えてみましょう。
子どもの背中に縫われた、小さなお守り
大人の着物は、左右の布を背中の中心で縫い合わせて仕立てるため、背筋に沿って縫い目が通っています。ところが、小さな子どもの着物は、一枚の布で背中をまかなえるため、この縫い目がありません。
昔の人々は、背中の縫い目には、後ろから忍び寄る魔を防ぐ力があると考えていました。そこで母親たちは、縫い目のない子どもの着物の背中に、色糸でわざわざ飾りの縫い取りをほどこしました。これが「背守り(せまもり)」です。
背守りのある着物を着た子どもの姿は、鎌倉時代の絵巻にも描かれているといわれ、昭和の初めごろまで、各地で受け継がれていました。
一枚の着物には、着る人を守りたいという、作り手の願いが縫いこまれてきたのです。
千三百年前、恋人が振った袖
『万葉集』には、額田王(ぬかたのおおきみ)が詠んだ、こんな歌が収められています。
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
紫草の生える野を行き来しながら、あなたが私に袖を振っている。野の番人に見られてしまうではありませんか。そんな意味の歌です。
古代の人々にとって、袖を振ることは、相手への想いを伝え、魂を呼び寄せるしぐさだったと考えられています。人目をはばかりながらも振られた袖には、言葉にできない恋心が込められていました。
着物の袖は、ただの布ではなく、想いを運ぶ合図でもあったのです。
最後のひと切れまで、生き続けた一枚
江戸時代の人々にとって、着物は、一度仕立てたら終わりの衣服ではありませんでした。
着物は、まっすぐな布を、まっすぐに縫い合わせて作られています。そのため、ほどけば元の布に戻すことができ、洗って仕立て直せば、体つきが変わっても着続けることができました。
古くなれば寝間着や布団に、さらに傷めば赤ちゃんのおむつや雑巾に。最後はかまどの焚きつけとして燃やされ、その灰さえも、畑の肥料に使われたといわれます。
親から子へ、子から孫へ。形を変えながら、最後のひと切れまで暮らしを支え続ける。それが、一枚の着物がたどる一生でした。
着物の夢が伝えているもの
大切な人の気配を、ふれたものに感じとる心。そして、決まった手順をたどることで、緊張をほどき、力を引き出す心の働き。
子どもの背中に縫われた、母親の願い。千三百年前の野で振られた、恋人の袖。そして、形を変えながら、最後まで暮らしを支えた着物の一生。
着物の夢は、あなたが誰かから受け取ってきた想いを身にまとい、背筋を伸ばして、次の晴れの日へ向かおうとしていることを、そっと伝えているのでしょう。
ここまでの内容をもとに、母の着物を縫い縮めて着ていた古着屋の少女が、背守りの意味と着物の一生を教わり、左前の夢の衿を自分の手で右に合わせなおすまでを描いた創作ストーリーは、こちらの夢物語で読むことができます。
よくある質問
夢の中で、着物の袖を誰かにつかまれました。
袖をつかまれる夢は、誰かがあなたを引き留めたい、あるいは、あなたに気づいてほしいと願っていることを映している場合があります。
古代の人々にとって、袖は、想いや魂を通わせる場所でした。つかんだ相手が知っている人なら、その人は、言葉にできない何かを、あなたに伝えたがっているのかもしれません。
つかまれて嫌な気持ちがしたなら、引き留められることへの負担を感じているしるしです。どちらの場合も、その相手との距離を、一度見つめなおしてみてください。
古い着物を、夢の中で雑巾にしてしまいました。
大切そうな着物を雑巾にしてしまう夢は、もったいないことをしたようで、目覚めてから気がとがめるかもしれません。けれど、江戸の人々が着物を最後まで使いきったように、これは、古いものを新しい形で生かそうとする心の表れです。
昔からの考え方や、役目を終えた経験を、いまの暮らしに合う形に作り変えようとしているのでしょう。
形は変わっても、そこに込められた想いは消えません。手放すことにためらいがあるなら、何を残したいのかを、ひとつだけ言葉にしてみてください。