【夢物語】袋の外からの手紙|カンガルーの夢

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【夢物語】袋の外からの手紙|カンガルーの夢

四月十日 母より

拓海へ

ブリスベンには、無事に着きましたか。空港で手を振ったあなたの背中が、まだ目に焼きついています。

向こうは、いまは秋なのよね。朝晩は冷えるでしょうから、持たせた紺のセーターを、ちゃんと着てください。生水は飲まないこと。夜道は一人で歩かないこと。日焼け止めは、こまめに塗ること。それから、お金は財布に全部入れずに、二か所に分けておくこと。

ゆうべ、おかしな夢を見ました。母さんのお腹に、カンガルーみたいな袋がついていて、そこに、二十歳のあなたを入れようとしているの。でも、大きすぎて、どうしても入らない。足がはみ出したまま、あなたは困った顔で笑っていました。

返事、待っています。

四月二十八日 拓海より

母さんへ

手紙ありがとう。注意事項、全部で十二個あったよ。数えた。

こっちは元気です。ホームステイ先の家族は、とても親切です。セーターは、ちゃんと着てます。

先週末、ホストファーザーのグレッグが、郊外の保護区に連れていってくれた。野生のカンガルーが、ほんとに普通にいる。原っぱに、二十頭くらいが、のんびり寝転んでた。

一頭のお母さんカンガルーの袋から、子どもが顔を出してた。もうけっこう大きくて、足が袋からはみ出してた。母さんの夢の話を思い出して、一人で笑っちゃった。

ちなみに、カンガルーって、後ろに歩くのが苦手なんだって。だから、オーストラリアの国章には、前にしか進まない動物として描かれてるって、グレッグが言ってた。

五月十五日 母より

拓海へ

カンガルーの話、楽しく読みました。袋から足のはみ出した子ども、母さんも見てみたいわ。

ところで、先週の電話で、少し声が疲れているように聞こえました。授業についていけていますか。友達はできましたか。ご飯は、ちゃんと食べていますか。困ったことがあったら、すぐに連絡しなさい。母さんが、大学の先生に問い合わせてあげるから。

六月二日 拓海より

母さんへ

心配かけてごめん。正直に書くと、最初の一か月は、かなりきつかった。授業の英語が速すぎて、半分も分からなかった。グループの話し合いでも、何も言えなかった。

でも、大学に問い合わせるのは、やめてほしい。これは、僕が自分でなんとかしたいんだ。

先週、また保護区に行ったら、レンジャーのサラさんが、面白い話をしてくれた。カンガルーの子どもは、外を跳ね回るようになっても、怖いことがあると、すぐ袋に飛びこんで戻ってくる。でも、次の赤ちゃんが生まれる頃になると、お母さんは、大きくなった子が袋に戻るのを許さなくなるんだって。

その日、僕は、お母さんに袋に入るのを断られて、しょんぼりしてる子どもを見た。でもしばらくすると、その子は、ほかの若いカンガルーたちのところへ、ぴょんぴょん跳ねていった。

サラさんは、こう言ってた。「袋は、隠れる場所じゃない。跳び出していくための場所なのよ」

六月二十日 母より

拓海へ

あなたの手紙を、何度も読み返しました。

大学に問い合わせるなんて書いて、ごめんなさい。母さんは、ずっと、あなたを袋の中に入れておきたかったのかもしれません。あなたが小さいころから、転ばないように、困らないように、いつも先回りしてきました。でも、それは、あなたが自分で跳ぶ力を、育てにくくしていたのかもしれないわね。

ゆうべ、また、カンガルーの夢を見ました。

今度は、母さんの袋から、子どものカンガルーが、ぴょんと跳び出していきました。母さんは、追いかけませんでした。少し寂しかったけれど、遠ざかっていく背中が、とても頼もしく見えました。

注意事項は、今回は一つだけにします。楽しんで。

七月十八日 拓海より

母さんへ

注意事項が一つだけで、びっくりした。

報告です。グループ発表で、初めて、自分の意見を最後まで言えた。英語はめちゃくちゃだったけど、同じグループのミアが「いい意見だった」って言ってくれた。いまでは、週末にみんなでご飯を食べに行く仲間ができた。

それから、サラさんに、先住民の人たちの「ドリーミング」の話を聞いた。祖先の精霊たちが大地を旅しながら、山や川や動物を形づくったっていう物語なんだって。夢っていう言葉が、ここでは、世界の始まりの物語を意味するのが、なんだか不思議で、いいなと思った。

母さん、一つだけ、言っておきたいことがある。

僕が、知らない国で、ここまでなんとかやってこられたのは、困ったときに帰れる場所があるって分かってたからだと思う。母さんの十二個の注意事項も、本当は、ちょっとだけ心強かった。

袋に戻るつもりはないけど、たまには、袋の様子を見に帰ります。冬休みに、一度帰国するね。

八月一日 母より

拓海へ

お帰りなさい、を言える日を、楽しみにしています。

袋は、もうすっかり小さくなってしまったけれど、扉は、いつでも開けてあります。

ゆうべ見た夢の話を、最後に書いておきます。

広い赤土の大地を、一頭の若いカンガルーが、力強く跳ねていました。どこまでも、まっすぐ前へ。しばらくして、そのカンガルーは、一度だけ立ち止まり、こちらを振り返りました。

母さんは、大きく手を振りました。カンガルーは、また前を向いて、地平線の向こうへ跳んでいきました。

こちらもオススメ

カンガルーの夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、エインズワースの「安全基地」の研究や過保護についての研究、オーストラリアの先住民に伝わる「ドリーミング」の物語についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

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