【夢物語】浜鳴駅まで|誘拐される夢

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【夢物語】浜鳴駅まで|誘拐される夢

三日続けて、同じ男にさらわれた。

一日目の夢で、真壁は会社の駐車場にいた。夜の十時を過ぎていて、事務所の窓にはまだ明かりがついている。鍵を探してポケットに手を入れたとき、後ろから肩をつかまれた。振り向く間もなく灰色の車の後部座席に押しこまれ、ドアが閉まった。

運転席の男は、ひとことも話さなかった。紺色の帽子を深くかぶっていて、バックミラーにはあごの先しか映らない。車は会社の前の国道を抜けて、高速道路に乗った。

怖いはずだった。けれど真壁の胸にあったのは、怖さよりも妙な静けさだった。この車の中では、誰も自分を呼ばない。そう気づいたところで目が覚めた。

真壁は運送会社で配車係をしている。二十八歳で、この仕事について五年になる。

朝の七時から、電話は鳴りやまない。どのトラックをどの順番で走らせるか。急に休んだ運転手の穴を誰で埋めるか。渋滞で遅れる荷物を、どこで待ってもらうか。何十台ものトラックの行き先を、真壁は一日じゅう決め続けている。

「真壁さんがいないと回らないよ」

所長はそう言って笑う。ほめ言葉なのはわかっていた。だから休みの日も、真壁は携帯を枕もとに置いて眠る。鳴れば出る。出れば、決める。

二日目の夢でも、灰色の車は高速道路を走っていた。

窓の外が少しずつ明るくなり、トンネルをいくつか抜けると、右手に海が見えた。男は相変わらず黙ったまま、ウインカーを出して高速を降りた。海沿いの細い道を、車は急ぐでもなく走っていく。

真壁は後部座席で、ドアの取っ手に手を伸ばしてみた。鍵はかかっていなかった。開ければ、いつでも降りられる。それなのに、真壁は手を引っこめた。

道の先に、小さな駅の看板が見えた。白い板に、黒い文字で「浜鳴」と書いてある。そこで目が覚めた。

枕もとの携帯には、夜中の二時に着信が一件入っていた。眠っていて、気づかなかったのだ。真壁は飛び起きてかけ直したが、相手の運転手はもう別の配車係に連絡をつけて、何ごともなく走り出していた。

「大丈夫っすよ。真壁さん、たまには寝てください」

電話を切ってから、真壁はしばらく携帯の画面を見つめていた。自分が出なくても、トラックは走る。当たり前のことなのに、なぜか胸のどこかがひやりとした。

三日目の夢で、車は浜鳴駅の前に止まった。

木造の小さな駅舎で、ホームの向こうに海が広がっている。男はエンジンを切ると、初めて後ろを振り向いた。帽子のつばの影になって、やはり顔はよく見えなかった。

「ここから先は、自分で行けるでしょう」

男の声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。真壁がドアを開けて外に出ると、潮の匂いのする風が吹いていた。振り返ったときには、灰色の車も男も消えていた。

目を覚ましてから、真壁は布団の中で「浜鳴」と検索してみた。

あった。海沿いを走るローカル線の終点から、ふた駅手前。乗り降りする人は一日に数十人ほどの、小さな無人駅だった。行ったことはないし、名前を聞いた覚えもない。

その週の土曜日、真壁は所長に頼んで初めて丸一日の休みをもらった。代わりの配車係には、細かい引き継ぎのメモを三枚渡した。電車に乗る前に、携帯の電源を切った。指先が少しだけ震えた。

赤い座席が並ぶがらんとした電車の車内

乗り換えを三度くり返すと、窓の外に海が見えてきた。二両編成の電車は、夢の中の車と同じくらいのんびりと走った。

向かいの席では、小さな男の子が母親の膝に乗って窓に額をくっつけていた。トンネルに入るたびに、男の子は「まっくら」と言い、出るたびに「うみ」と言った。電車がどこを走るのかも、いつ着くのかも、男の子は気にしていなかった。

真壁は、自分がこの電車の行き先を何ひとつ決めていないことに気づいた。線路は最初から敷かれていて、運転士は別にいる。ただ座っていれば、電車は勝手に海まで連れていってくれる。それだけのことが、なぜか少し可笑しかった。

浜鳴駅は、夢で見たとおりの木造の駅舎だった。

ホームに降りたのは、真壁ひとりだった。改札を抜けると、駅前に小さな砂利の駐車場があり、一台だけ車が止まっていた。灰色の、ありふれた形の車だった。

真壁は足を止めた。運転席には誰もいない。近づくと、エンジンのあたりからかすかに熱が伝わってくる気がした。

上着のポケットに手を入れたのは、たぶん癖だった。駐車場に来ると、いつも鍵を探してしまう。

指先に、知らない鍵が触れた。

取り出してみると、灰色の小さなタグがついた車の鍵だった。自分の車の鍵ではない。いつからポケットに入っていたのか、まるで思い出せなかった。

真壁は鍵を握ったまま、しばらく灰色の車を見ていた。ボタンを押せば、たぶんこの車は返事をする。そんな気がした。そして運転席に座れば、あの紺色の帽子が置いてあるのだろう。

男の声をどこで聞いたのか、真壁はようやくわかった気がした。毎朝、電話口で行き先を告げている声だ。

真壁はボタンを押さなかった。鍵をポケットに戻し、駐車場に背を向けて、海のほうへ歩き出した。

防波堤の上に腰を下ろすと、波の音が規則正しく打ち寄せてきた。浜鳴という名前は、この音から来ているのかもしれない。携帯の電源は、まだ入れる気にならなかった。

帰りの電車は、二時間後に一本だけある。乗るかどうかは、まだ決めていない。

決めなくていい時間が、こんなに長く続くのは、何年ぶりだろうと真壁は思った。

ポケットの中で、鍵が小さく鳴った。

この夢の意味は → 【夢占い】誘拐される夢

なぜこの夢を見るのか → 【夢ことほぎ】誘拐される夢

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