【夢物語】断ってもいい部室|勧誘の夢

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【夢物語】断ってもいい部室|勧誘の夢

夢の中で、僕は、大学の広場の真ん中に立っていた。

四方八方から、ビラを持った先輩たちが押し寄せてくる。

「テニスサークル、どう?」
「名前だけでいいから!」
「見学、見学だけ!」

断ろうと口を開くたびに、手の中に入部届が増えていく。気づけば、僕は、両手いっぱいの入部届を抱えて、一枚一枚に、自分の名前を書いていた。

――目が覚めると、枕元に、本物の入部届が三枚、並んでいた。

四月。大学に入学して、二週間がたった。

僕、颯は、昔から、人の頼みを断るのが大の苦手だった。新入生の勧誘期間、キャンパスを歩けば、あちこちから声がかかる。

「ねえ、ちょっとアンケート書いてくれない?」
「……はい」
「ありがと! じゃあ、ついでに、今度の新歓、来られる?」
「……たぶん」
「やった! じゃ、この入部届も書いといて。形だけだから!」
「……はい」

こうして僕は、興味もないのに、ダンスサークルと、山岳部と、なぜか競技かるた部の三つに、名前を書いてしまっていた。

その日の夕方、ぐったりして、文化部の部室棟の廊下を歩いていると、一つだけ、静かな部屋があった。扉の上に、手書きの紙が貼ってある。

――落語研究会。

開いた扉のすき間から、着物姿の女の人が、一人で座布団に座っているのが見えた。目が合った。

「……見学?」
「いえ、通りかかっただけで」
「そっか。じゃあ、またね」

それだけだった。ビラを渡すでもなく、引きとめるでもない。女の人は、また手もとの本に目を戻した。

僕は、なぜか、その場から動けなかった。

「あの」
「ん?」
「勧誘、しないんですか」
「してほしいの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「落語はね、無理に聞くもんじゃないから。嫌なら、断っていいよ」

断っていいよ。

そんなことを言われたのは、この二週間で、初めてだった。

「……一つだけ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「部員、何人いるんですか」
「わたし一人。四年の梅田。今年、新入生が入らなかったら、廃部」

梅田先輩は、まるで天気の話でもするように、さらりと言った。

「それなのに、勧誘しないんですか」
「だって、無理やり入ってもらっても、続かないでしょ。落語ってね、話す人と聞く人が、同じ空気を楽しむものなの。どっちかが嫌々だったら、成り立たない」

梅田先輩は、座布団の上で、すっと背筋を伸ばした。

「せっかくだから、一席だけ聞いていく? 五分で終わるやつ」
「……じゃあ、五分だけ」

先輩が、扇子を一本、ぱちりと鳴らした。

演目は『時そば』だった。夜中のそば屋で、男が、勘定の途中で時刻を聞いて、一文ごまかす話。それを見ていた別の男が真似をして、失敗する。

先輩の扇子が、箸になり、そばをすする音が、部室いっぱいに響いた。気がつくと、僕は、声を出して笑っていた。五分のはずが、終わったときには、十五分たっていた。

「どうだった?」
「……面白かったです」
「それはよかった。じゃ、気をつけて帰ってね」

先輩は、やっぱり、入部届を出してこなかった。

その夜、僕は、机の上の三枚の入部届を眺めた。ダンスも、山登りも、かるたも、どれも、僕が自分で選んだものではなかった。

翌日、僕は、生まれて初めて、自分から断りに行った。

「すみません。やっぱり、入部はやめておきます」

ダンスサークルの先輩は、少し驚いた顔をしたけれど、「そっか、了解」と、あっさり言った。山岳部も、かるた部も、同じだった。断ったら、何か大変なことになると思っていたのに、拍子抜けするほど、何も起きなかった。

そして、その足で、部室棟の静かな部屋へ向かった。

「梅田先輩」
「お、昨日の。どうしたの」
「入部届、ください」
「……いいの? 勧誘、してないよ」
「だからです。自分で、選びたかったんです」

梅田先輩は、目を丸くして、それから、声をあげて笑った。

「じゃあ、ようこそ。落研へ」

入部して最初の稽古の日、先輩は、扇子と手ぬぐいを僕に渡した。

「まずは、まくら。本題に入る前の、ちょっとした世間話ね。自分の話をしてごらん」

「自分の話って……何も面白いことないです」

「じゃあ、最近いちばん困ったことは?」

「……勧誘を断れなくて、サークルに三つも入りかけたことです」

先輩は、吹き出した。

「それ、立派なまくらじゃない。断れない男の話。お客さん、絶対笑うよ」

自分の弱点だと思っていたことが、誰かを笑わせる話になる。そんなこと、考えたこともなかった。

一年後の四月。僕は、キャンパスの広場の片隅で、着物姿で、新入生に声をかけていた。

「よかったら、一席聞いていきませんか。五分で終わります」
「あの……勧誘、ですか?」

不安そうな顔の新入生に、僕は、笑って言った。

「嫌なら、断っていいですよ」

その夜、また、あの広場の夢を見た。

四方八方から、入部届が舞いこんでくる。けれど、今度は、僕は、一枚も受け取らなかった。入部届は、風に乗って、空の向こうへ飛んでいった。

最後に、一枚だけ、ひらりと僕の手もとに残った。

そこに書かれていた名前は、もう、僕の字で埋まっていた。

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