【夢物語】川べりの遊び娘|カワウソの夢

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【夢物語】川べりの遊び娘|カワウソの夢

夢の中で、わたしは、知らない川のほとりに座っていた。

水面から、一匹のカワウソが、ひょっこりと顔を出した。カワウソは、平たい小石を前足で器用に転がしてみせると、わたしのほうを見て、まるで「いっしょに遊ぼう」と言うように、首をかしげた。

わたしが手を伸ばそうとしたとき、カワウソは、くるりと水の中にもぐって、見えなくなった。

――目が覚めると、ひさしぶりに泊まりにきた、田舎のおばあちゃんの家の天井が見えた。

「カワウソの夢? そりゃあ、めずらしい」

朝ごはんのとき、夢の話をすると、おばあちゃんは、湯のみを置いて笑った。

「この村にはね、昔、カワウソの話が伝わっとったのよ。わたしも、子どものころに、ばあさまから聞いた話だけどね」

そう言って、おばあちゃんは、ゆっくりと語りはじめた。

――むかし、この村の川のそばに、与吉という若者が住んでおった。

与吉は、働き者で知られておった。朝は誰よりも早く田んぼに出て、夜は誰よりも遅くまで、わらじを編んだ。ただ、与吉は、笑うことを知らなんだ。幼いころに両親を亡くし、遊ぶひまもなく働いてきたからじゃ。

ある夏の夜のこと。与吉が、川で鍬を洗っておると、どこからか、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。見ると、岸辺の石の上に、見たこともないほど愛らしい娘が座って、水面に小石を投げておる。小石は、水の上を、ぴょん、ぴょん、ぴょんと、三つも四つも跳ねていった。

「あんたも、やってごらん」

娘は、平たい小石を、与吉に手渡した。与吉が投げると、石は、ぼちゃんと音を立てて沈んだ。娘は、手を叩いて笑った。その笑い声につられて、与吉も、生まれて初めて、声を出して笑ったんじゃ。

それから、娘は、毎晩のように川べりに現れた。二人は、小石を跳ねさせ、蛍を追いかけ、浅瀬で魚の影を数えて遊んだ。娘は、とにかく遊ぶのが好きで、何をしても楽しそうじゃった。与吉の顔からも、いつの間にか、こわばりが消えていった。

村の年寄りたちは、ひそひそとうわさをした。

「あの娘は、川のカワウソが化けたものに違いない。与吉は、化かされておるんじゃ」

けれど、与吉は気にしなかった。たとえ化かされておるのだとしても、こんなに楽しい化かされ方なら、悪くないと思ったからじゃ。

不思議なことに、娘と遊ぶようになってから、与吉の仕事は、前よりもはかどるようになった。困っている村人に、気さくに声をかけるようにもなった。笑うようになった与吉のまわりには、自然と人が集まってきたんじゃ。

冬のあいだ、娘は、ほとんど姿を見せなんだ。川に薄い氷が張った夜、与吉が岸辺で待っておると、氷の割れ目から、ひょいと娘が顔を出した。

「寒いのに、待っとったの」

「おまえの名を、まだ聞いとらんかったからな」

娘は、くすくすと笑った。

「名前なんて、ないよ。川で遊ぶものに、名前はいらないもの」

そう言うと、娘は、氷の上に小石をすべらせた。小石は、どこまでも、どこまでも、すべっていった。

やがて、春が来た。

ある朝、与吉が川べりに行くと、岸辺の石の上に、とれたての魚が、きれいに一列に並べてあった。まるで、神さまへのお供えのように。

その日の夜、娘は、いつもより静かな顔で、与吉に言った。

「わたしは、遊ぶことしか知らない。でも、遊ぶことは、生きることよ。あんたは、もう、ちゃんと笑えるでしょう」

与吉が何か言おうとしたとき、娘は、くるりと身をひるがえして、川の中に飛びこんだ。水面に浮かんだのは、つややかな毛並みの、一匹のカワウソの背中じゃった。

それきり、娘が現れることはなかった。

けれど、与吉は、年をとってからも、村の子どもたちを川へ連れていき、小石の跳ねさせ方を教えたそうじゃ。「よう働き、よう遊べ。遊ぶことは、生きることじゃ」と言いながらな。――

おばあちゃんは、そこまで話すと、湯のみのお茶をひと口飲んだ。

「この話をしてくれたばあさまは、子どものころ、本当にこの川で、カワウソを見たって言っとったよ。でもね、いまは、もう日本の川には、カワウソはおらんのよ」

「いないの?」

「何十年も前に、いなくなってしもうた。川の様子が変わったり、人がとりすぎたりしてね」

わたしは、夢の中で、くるりと水にもぐったカワウソの姿を思い出した。

その日の午後、わたしは、おばあちゃんと一緒に、家の裏の川へ行った。夏の日差しを受けて、水面がきらきらと光っていた。

岸辺で、平たい小石を探して、水面に投げてみる。ぼちゃん、と沈んだ。おばあちゃんが笑って、手本を見せてくれた。おばあちゃんの石は、水の上を、ぴょん、ぴょんと二回跳ねた。

「ほら、もう一回」

何度も投げているうちに、わたしの石も、一回だけ跳ねた。二人で、声を上げて笑った。

東京に戻ったら、受験の勉強ばかりの毎日がまた始まる。けれど、ときどきは、こうして何かに夢中になって遊ぶ時間をつくろう、とわたしは思った。

その夜、また、あの川のほとりの夢を見た。

水面から顔を出したカワウソが、小石を転がしてみせる。今度は、わたしも、平たい小石を投げ返した。石は、水の上を、ぴょん、ぴょん、ぴょんと、三回跳ねていった。

カワウソは、うれしそうに、くるりと一回転した。

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カワウソの夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』や遊びが育てる力の研究、「獺祭」の故事や化けるカワウソの言い伝えについてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

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