
西暦二一八七年。凪市(なぎし)の朝は、今日も灰色だった。
建物の壁も、道路も、人々の服も、すべては色彩管理局が定めた「標準灰色」の十二段階のどれかで塗られている。色は、人の心を乱し、争いのもとになる。百年前にそう決められてから、この街では、許可のない色を使うことが禁じられていた。
私、澪(みお)は、その色彩管理局で働く検査員だ。仕事は、市民の家や持ち物に、未登録の色が使われていないかを調べること。そして、もうひとつ。
市民は毎晩、枕元の装置で夢の「色彩スキャン」を受ける。眠っているあいだに見た夢の色が、すべて記録されるのだ。灰色以外の色が強く出た人には、注意の通知が届く。
その朝、私の端末にも、通知が届いていた。
――検査員番号〇七一二。昨夜の夢より、未登録色を三種検出。
心臓が、どくんと鳴った。
昨夜の夢は、覚えている。
夢の中の私は、小さな木の机の前に座っていた。机の上には、見たこともない、ぺちゃんこの金属の筒がいくつも転がっていた。指で押すと、筒の先から、とろりと何かが出てくる。
赤だった。それから、青。黄色。
名前を知らないはずなのに、なぜか、その色の名前がわかった。
白い板の上に、三つの色を並べた。筆で、赤と黄色をそっと混ぜる。すると、夕焼けのような、温かい色が生まれた。胸の奥が、じんわりと熱くなった。
うれしくなって、私は次々と色を混ぜた。赤と青、青と黄色、全部を一度に。けれど、混ぜれば混ぜるほど、色はにごって、最後には、この街と同じ、くすんだ灰色になってしまった。
がっかりして手を止めたとき、机の端の筒が倒れて、青い色がこぼれた。白い板の上に、思いがけない形が広がっていく。それは、見たことのない、海のような模様だった。
――そこで、目が覚めた。
その日の午後、私は、亡くなった祖母の部屋の片づけに出かけた。祖母は、ずっと独りで暮らしていた。
古い押し入れの奥から、木の箱が出てきた。ふたを開けたとたん、息が止まった。
夢で見た、金属の筒が並んでいた。
ラベルの文字は、かすれて読めない。けれど、私にはわかった。これは、百年前に禁じられた「絵の具」というものだ。いくつかの筒には、祖母の字で、小さなメモが貼られていた。
「茜」「群青」「若竹」
箱の底には、一枚の紙が入っていた。
「澪へ。色は、心を乱すものではありません。心を映すものです。もしもあなたが、自分の心の色を知りたくなったら、使いなさい」
筒を押してみたけれど、中の絵の具は、かちかちに固まっていた。百年近く、誰にも使われずに眠っていたのだ。
私は、少しだけ迷ってから、水を一滴、たらしてみた。
固まっていた茜色が、ゆっくりと、ゆっくりと、水に溶けていく。まるで、長い眠りから目を覚ますように。
その夜、私は祖母の部屋の、灰色の壁の前に立っていた。
混ぜすぎてはいけない。夢の中で、それは学んだ。全部の色を一度に使おうとすれば、にごってしまう。だから、ひとつずつ。
最初の一筆は、茜色。壁に、小さな花を描いた。次に、若竹色で葉を。最後に、群青色で、空を少しだけ。
筆が震えて、群青色が、壁をつうっと垂れ落ちた。失敗した、と思った。けれど、垂れた跡は、雨のしずくのように見えた。花と葉と、雨の空。夢の中でこぼれた青が、海の模様になったように。
失敗だと思ったものが、絵の一部になっていた。
翌朝、色彩スキャンの通知が届いた。
――検査員番号〇七一二。昨夜の夢より、未登録色を七種検出。
私は、報告書の欄に、こう書きこんだ。
「未登録色の正体:検査員本人の心の色。危険性:なし」
送信してから、窓の外を見た。
灰色の街の、灰色の歩道の上で、小さな女の子が、道ばたに落ちていた赤い木の実を、大事そうに手のひらにのせていた。
この街にも、ほんとうは、色がちゃんとある。ただ、誰もそれを、自分の心の色だと気づいていないだけなのだ。
祖母の箱の中には、まだ使っていない色が、たくさん残っている。
次は、どの色から描こうか。
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