
夢の中で、私は大きな舞台の真ん中に立っていた。
まぶしいスポットライト。どこからか、私の名前を呼ぶ声が響く。「今年の代表は――灯里」。拍手が、波のように押し寄せてくる。
胸が高鳴った。けれど、客席に目を向けたとき、背筋が冷たくなった。
客席の人たちには、顔がなかった。のっぺりとした白い顔が、何百も並んで、こちらを向いて拍手をしている。誰が私を選んだのか、誰に向かって笑えばいいのか、わからなかった。
――目が覚めると、いつもの通知音が鳴っていた。
西暦二一四〇年。この都市では、毎朝六時に、市民一人ひとりの端末に「本日の選抜結果」が届く。
人工知能〈アルゴ〉が、全員の能力や体調、これまでの実績をもとに、その日いちばんふさわしい役割を割り振るのだ。
会議の進行役、プロジェクトの責任者、イベントの案内係。選ばれた人は、その役目を果たし、評価の点数を受け取る。
私は、物心ついてから一度も、選抜から外れたことがなかった。いつも、代表や、リーダーや、主役に選ばれてきた。それが、私の誇りだった。
寝ぼけた目で、端末の画面を見る。
――本日、あなたは選抜されませんでした。
何度読み返しても、文字は変わらなかった。
故障だと思った。問い合わせ窓口に連絡すると、穏やかな合成音声が答えた。
「故障ではありません。本日、あなたに割り振る役割は、ありません」
「理由は」
「理由は開示されません。どうぞ、よい一日を」
通話が切れたあと、私はしばらく、ベッドの端に座りこんでいた。
選ばれなかった。それだけのことなのに、足もとの床が、ふっと消えたような気がした。役割のない一日を、どう過ごせばいいのかわからなかった。誰からも点数をもらえない私は、いったい何者なのだろう。
することもなく、私は街を歩いた。駅前の広場では、選抜された人たちが、それぞれの役目に向かって足早に通り過ぎていく。みんな、自分の行き先を知っている顔をしていた。私だけが、行き先のない迷子のようだった。
ふと、広場の外れに、小さな畑があるのに気づいた。ビルとビルのあいだの、細長い空き地。そこで、年配の女性が一人、しゃがんで土をいじっていた。
「ここ、選抜の仕事ですか?」
思わずたずねると、女性は顔を上げて笑った。
「いいえ。私は十年前に、選抜から外れることを自分で選んだの。それからは、毎日、自分で自分の役割を決めてる。今日は、トマトの苗を植える係」
「……点数は、もらえないんですよね」
「もらえないわね」
女性は、土のついた手で、苗の根元をそっと押さえた。
「でも、このトマトは、私が点数を持っていてもいなくても、ちゃんと育つのよ。それが、なんだかうれしくてね」
女性は、私の顔をじっと見て、それから、もう一本の苗を差し出した。
「手伝ってくれる? 役割じゃなくて、あなたがやってみたいなら」
私は、少し迷ってから、苗を受け取った。
土は、思っていたより冷たくて、やわらかかった。指で穴を掘り、苗を置き、土をかぶせる。誰も見ていない。拍手もない。点数もつかない。それなのに、植え終わった小さな苗を見ていると、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
選ばれることで、私はずっと、自分の価値を確かめてきた。選ばれない私には、価値がないと思っていた。でも、この苗は、私が誰に選ばれたかなんて知らない。ただ、私が植えたというだけで、ここに根を張ろうとしている。
夕方、畑を離れるとき、女性が言った。
「また来たくなったら、いつでもどうぞ。誰かに選ばれなくても、ここに来ることは、あなたが選べるから」
翌朝、六時。通知音が鳴った。
――本日、あなたはプロジェクト責任者に選抜されました。
画面の文字を、私はしばらく見つめていた。
うれしかった。正直に言えば、ほっとした。それでも、昨日までとは、何かが少し違っていた。
私は、選抜の受諾ボタンを押してから、予定表の夕方の欄に、自分で一行を書き足した。
――十八時、広場の畑。トマトの水やり。
夜、夢を見た。あの舞台の夢だった。けれど今度は、客席に、顔があった。トマトの苗を手にした女性が、小さく手を振っていた。
誰が私を選んでくれたのか、今度は、ちゃんとわかった。
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