【夢物語】すれ違う人の顔|逆走の夢

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【夢物語】すれ違う人の顔|逆走の夢

夢の中で、菜摘は、夜の高速道路を走っていた。

前から、まぶしいヘッドライトが、次々と迫ってくる。鳴りやまないクラクション。そこでようやく、自分だけが、逆向きに走っていることに気づいた。

出口を探しても、標識はどれも、見たことのない地名ばかりだ。ハンドルを握る手が、汗ですべる。

次のライトが、目の前いっぱいに広がったところで、目が覚めた。

時計は、午前四時を指していた。

◇

菜摘は、文房具メーカーの営業部に勤めて六年になる。売り上げは、部内でいつも上位だった。

先週、課長から、来春の主任昇格を打診された。

その同じ週に、菜摘は、商品企画部への異動願を出していた。去年に続いて、二度目だった。

きっかけは、三年前、取引先の文具店で耳にした、年配の女性客のひと言だった。

「ノートって、最後の何ページか、いつも使わないまま捨てちゃうのよね。もったいなくて」

その日から、菜摘の頭の片すみには、使いきれるノートの形が、ずっと居座っていた。

「せっかくの出世コースなのに、わざわざ外れるの? それ、逆走じゃない?」

同期の佐伯に、笑いながら言われた。悪気はないと分かっていても、その言葉は、夢の中のクラクションのように、頭の中で鳴り続けた。

本当に、自分は間違った方向へ走っているのだろうか。

◇

昼休み、屋上で缶コーヒーを飲んでいると、平松部長が隣に来た。来年の春に、定年を迎える人だ。

「異動願、また出したんだってな」

菜摘は、うなずいた。叱られるのかと思ったが、部長は、遠くのビルを眺めながら、まるで違う話を始めた。

「去年、四国のお遍路を歩いたんだ。逆打ちで」

「逆打ち?」

「八十八番から、逆の順番で回るんだよ。昔、何度回っても弘法大師に会えなかった男が、逆に回って、ようやく会えたって言い伝えがあってな」

部長は、缶を傾けた。

「逆に回ると、前から来るお遍路さんと、みんなすれ違う。顔が見えるんだ。順打ちじゃ、前を行く人の背中しか見えないのにな」

菜摘は、夢の中の、迫ってくるヘッドライトを思い出した。あの光の向こうにも、誰かの顔があったのだろうか。

◇

その夜、菜摘は、ノートを開いた。

いちばん上の行に、「三年後、自分が企画したノートが、店の棚に並ぶ日」と書いた。

そこから、逆にたどっていく。その前には、試作品が必要だ。その前には、企画会議に通らなければならない。その前には、企画書。その前には、なぜそのノートが必要なのかを示す、お客さんの声。

一行ずつ書き足していくと、いちばん下の行に、明日できることが現れた。

「取引先の文具店で、お客さんの不満を十個聞く」

ぼんやりとした不安が、一本の道に変わった気がした。

◇

二か月後、菜摘は、集めた声をもとに、企画部の会議で、紙を最後まで使いきれるノートの案を発表した。

結果は、見送りだった。

企画部長の眉間には、深いしわが寄っていた。菜摘は、反論しようとした言葉をのみこみ、ホワイトボードの前から、一歩さがった。

ひと呼吸おいて、もう一度、部長の顔を見る。しわが寄ったのは、中身の説明のときではなく、価格の話になったときだった。

「部長。もし、値段が今のノートと変わらなければ、検討していただけますか」

部長は、少し驚いた顔をしてから、「それなら、話は別だ」と答えた。

その夜、菜摘は、あのノートを開いた。「企画会議に通る」の行は、まだ消えていない。けれど、その下には、もう線を引いた行がいくつも並んでいた。

見送りは、終わりではない。道のりの途中の、一行にすぎなかった。

それから毎月、菜摘は、新しく集めたお客さんの声と、見直した原価の計算を、企画部に届け続けた。

◇

いつのころからか、佐伯も、自分の担当する店で聞いたお客さんの声を、メモにして菜摘の机に置いていくようになった。

「おれのほうが、店の数は多いからな」

ぶっきらぼうな字のメモは、月を追うごとに、厚みを増していった。

半年後、菜摘は、企画部との合同の試作チームに、営業部から加わることになった。

「逆走だと思ってたけど、ちゃんと車線、あったんだな」

佐伯が、少し照れくさそうに言った。

春、平松部長の送別会で、菜摘は、試作品のノートを一冊、手渡した。部長は、表紙をなでて、最後のページまでゆっくりとめくった。

「お遍路の最後にな、一番札所に着いたとき、思ったんだよ。逆に回っても、たどり着く場所は同じなんだって」

それから、「いい顔ですれ違ったな」と笑った。

菜摘は、深く頭を下げた。顔を上げると、部長の目じりにも、細いしわが寄っていた。

◇

その夜、菜摘は、また高速道路の夢を見た。

前から、ヘッドライトが次々と近づいてくる。けれど、もう、クラクションは鳴らなかった。

すれ違うたびに、運転席の顔が見えた。佐伯がいた。平松部長がいた。文具店で話を聞かせてくれた、お客さんたちもいた。誰もが、軽く手をあげて、通り過ぎていく。

ふと足もとを見ると、菜摘の走る車線には、白い線が、まっすぐ引かれていた。

その線は、夜明けの方角へ、どこまでも続いていた。

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逆走の夢が持つ本来の意味についてはこちらの夢占い記事で、ゴールから逆にたどる計画をめぐるパクたちの研究や、一歩さがると集中力が高まるコッホたちの実験、四国遍路の逆打ちと衛門三郎の言い伝え、古代ギリシャのブストロフェドン、『鏡の国のアリス』の白の女王の話についてはこちらの夢ことほぎ記事で、それぞれ詳しく解説しています。

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