
夢の中で、彼女は古い実家の和室に座っていた。
畳はじっとりと湿っていて、障子の向こうは夜なのか朝なのかもわからない、にぶい灰色だった。
部屋の真ん中には、黒い盆がひとつ置かれている。
その上に、札束がきれいに積まれていた。
一束、二束、三束。
数えるたびに、紙のこすれる音だけが、しんとした部屋に細く響いた。
おかしい。
こんなにあるはずがない。
そう思うのに、手は止まらない。
札はどれも新しく、指に触れるたび、妙に冷たかった。
乾いた紙の感触ではなく、どこか湿った皮膚に似ていて、さわるたびに鳥肌が立った。
ふと見ると、札束の一番上に、赤いしみがついていた。
インクだろうか。
そう思って親指でこすると、しみはすっと広がり、紙の繊維ににじんでいく。
それは赤というより、乾きかけた血のような色だった。
彼女は息をのんだ。
その瞬間、障子の向こうで、誰かが歩く音がした。
……ぺたり。
……ぺたり。
裸足で、ゆっくり。
ためらうように。
部屋のまわりを、何度も、何度も歩いている。
開けてはいけない。
なぜか、そう思った。
けれど耳を澄ませるほど、足音は近くなる。
そして障子の向こうに、黒い影がひとつ止まった。
「まだ、足りない」
女の声だった。
低く、濡れていて、喉の奥でつぶれたような声。
彼女は動けないまま、盆の上の札束を見下ろした。
すると今度は、一番下の束が、ふわりとほどけた。
ばらばらと崩れた紙は、もう紙ではなかった。
全部、白いお札だった。
死者の棺に入れる、あの紙に変わっていた。
息が止まりそうになった。
手の中に残っていた最後の一枚だけが、本物の紙幣のままだった。
そこに印刷されていた人物の顔が、ゆっくりこちらを向いた気がした。
目だけが合った。
その顔は知らない女だった。
青白くやせた頬。
唇だけが異様に赤い。
そして、口元がすこし笑っていた。
障子の桟に、すっと細い指がかかる。
紙の向こうから、爪だけが黒く透けて見えた。
「それ、わたしのお金」
ぺたり。
ぺたり。
一歩ずつ、音が部屋の中へ入ってくる。
障子は閉まったままなのに、足音だけが畳を踏んで近づいてくる。
彼女は逃げようとして、ようやく気づいた。
自分の膝の上にも、足元にも、いつのまにか札束が積まれている。
抱えても、払っても、落としても、また増える。
冷たい。重い。息苦しい。
「返して」
女の声が、今度はすぐ耳元でした。
その瞬間、彼女の手の中の紙幣が、内側からじわりと濡れた。
見下ろすと、札の人物の目から、細い黒い涙が流れていた。
彼女は悲鳴を上げた――はずだった。
けれど、声は出なかった。
代わりに口の中へ、何か乾いた紙が一枚、ゆっくり差し込まれる感触があった。
吐き出せない。
息ができない。
舌に触れたそれは、紙幣ではなく、あの白いお札だった。
そこで目が覚めた。
喉の奥に、ひどい渇きが残っていた。
部屋はまだ暗い。
夢だったのだとわかっても、胸の鼓動は少しも静まらない。
水を飲もうとして、枕元のスマホに手を伸ばす。
画面がふっと光る。
時刻は、午前四時四十四分。
その下に、見覚えのないメモ通知がひとつだけ表示されていた。
「ちゃんとかぞえて」

こちらは札束の夢を見た人が、その夢の余韻をもう一度味わえるように短編作品としてご用意しました。
楽しんでいただければ幸いです。また今日もあなたに良い夢が訪れることを祈っています。

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