【夢物語】ねばならない部屋|監禁される夢

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【夢物語】ねばならない部屋|監禁される夢

目を開けると、私は、真っ白な部屋の中にいた。

壁も、床も、天井も、どこまでも白い。窓はなく、扉もない。部屋の真ん中に、古びた机が一つと、その上に、一冊の黒い手帳が置かれているだけだった。

壁を叩いてみる。こん、こん、と、硬い音が返ってくるだけだ。叫んでも、声は白い壁に吸いこまれて、どこにも響かない。

ここは、どこなんだろう。最後に覚えているのは、深夜のオフィスで、終わらない資料に向かっていたことだけだった。

机の上の手帳を開くと、几帳面な文字が並んでいた。

――明日までに資料を仕上げなければならない。
――頼まれたら断ってはならない。
――弱音を吐いてはならない。
――休んではならない。

見覚えのある文字だった。それは、私の字だった。

ページをめくるたびに、「ならない」が、びっしりと続いている。そして、最後のページにだけ、別の筆跡で、こう書かれていた。

――この部屋は、あなたの「ならない」でできています。扉の鍵は、あなたが置いてきたものの中にあります。

置いてきたもの。

私は、手帳を握りしめたまま、部屋を見回した。すると、さっきまで何もなかった白い壁に、うっすらと、三つの小さな扉の絵が浮かびあがっていた。

一つ目の扉に触れると、扉の向こうから、ギターの音が聞こえてきた。

大学時代、軽音楽部で、毎日弾いていたギター。社会人になって、忙しいからと、押し入れにしまったままにしていた。扉の表面に、文字が浮かぶ。

――あなたが最後に弾いた曲は?

私は、目を閉じた。部室で、仲間と何度も合わせた、あの曲。ためらいながら、そのメロディーを口ずさむと、一つ目の扉が、すうっと壁の中に溶けていった。白い壁に、細い、ひびが走った。

二つ目の扉に触れると、今度は、懐かしい笑い声が聞こえた。

高校時代からの親友、ななみの声だった。去年、ななみの結婚式の二次会に、仕事を理由に行けなかった。それから、なんとなく連絡しづらくなって、もう一年近く話していない。

――あなたが、ななみに本当に言いたかったことは?

喉の奥が、熱くなった。

「……行けなくて、ごめん。本当は、すごくお祝いしたかった」

声に出した瞬間、二つ目の扉も、壁の中に消えていった。ひびが、さらに広がった。

最後の扉は、ほかの二つよりも、ずっと小さかった。触れても、何の音も聞こえない。表面に、文字が浮かぶ。

――あなたが、最後に心から笑ったのは、いつですか。

私は、答えられなかった。

思い出そうとした。けれど、浮かんでくるのは、締め切りに追われる自分の顔ばかりだった。愛想笑いならできる。会議でも、取引先の前でも。でも、心の底から、お腹を抱えて笑ったのは、いつだっただろう。

扉は、閉じたままだった。

私は、手帳をもう一度開いた。「ならない」の文字を、指でなぞってみる。

――休んではならない。

いつから、こう思うようになったのだろう。入社してすぐのころ、体調を崩して一日休んだ翌日、先輩に「みんな忙しいのに」と言われた。たった一言だった。それから私は、熱があっても会社に来るようになった。誰かに言われたわけでもないのに、自分で自分に、鍵をかけていたのだ。

手帳のページの端が、少しだけ、震えた気がした。

私は、白い床に座りこんだ。もう、ここから出られないのかもしれない。無理に頑張らなくても、ここでじっとしていればいいのかもしれない。そう思いかけたとき、どこからか、かすかな音が聞こえてきた。

笑い声だった。

壁のひびの向こうから、楽しそうな笑い声が、いくつも重なって聞こえてくる。ギターの音。誰かが手を叩く音。ななみの、あの、少し鼻にかかった、豪快な笑い声。

思い出した。

高校の文化祭の前の夜。ななみと二人で、教室に泊まりこんで、看板を作っていた。絵の具をこぼして、ななみの顔が真っ青になった。それを見て、二人で、息ができなくなるほど笑い転げた。

気がつくと、私は、声を上げて笑っていた。白い部屋の中で、一人で、お腹を抱えて。

その瞬間、最後の小さな扉が、ぱたんと開いた。

扉の向こうから、まぶしい光があふれ出してくる。白い壁のひびが、一気に広がり、部屋全体が、音を立てて崩れはじめた。

――目が覚めると、私は、オフィスの机に突っ伏していた。窓の外が、白みはじめていた。

私は、パソコンを閉じた。そして、スマホを手に取り、上司に短いメッセージを送った。今日は、休みをいただきます。

それから、一年ぶりに、ななみに電話をかけた。

「……え、うそ、どうしたの、こんな朝早く」

ななみの驚いた声を聞いたら、なぜか笑いがこみ上げてきた。私は、去年のことを謝り、それから、文化祭の前の夜の話をした。電話の向こうで、ななみが、あの豪快な声で笑いだした。

二人で、朝の六時から、笑い転げた。

その週末、私は、押し入れからギターを出して、弦を張り替えた。指先は、すっかりやわらかくなっていて、弦を押さえるたびに痛かった。でも、その痛みさえ、なんだかうれしかった。

黒い手帳の「ならない」は、きっと、すぐにはなくならない。けれど、私は、新しい手帳の最初のページに、こう書いた。

――週に一度は、心から笑うこと。

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