
Aの夢を見るのは、これで七日連続だった。
最初は嬉しかった。毎晩、彼女に会える。笑った顔も、拗ねた顔も、いつもと同じように優しい。ただ一つだけ、少しずつ気になり始めたことがあった。
彼女は、毎晩ほんの少しずつ、何かが違う。
三日目の夜、彼女は僕の好きな歌をなぜか一音も間違えずに口ずさんでいた。現実の彼女は音痴で、いつも笑いながら歌詞を間違える人だったのに。
五日目の夜、彼女はこちらの言葉をこちらが言い終わる前から頷いて聞いていた。まるで、次に何を言うか最初から知っていたかのように。
「ねえ」
七日目の夜、僕はとうとう尋ねた。
「君は、本当にAなの」
彼女は、いつもと同じ優しい笑みのまま、少しだけ首をかしげた。
「変なこと聞くのね。わたしはわたしよ」
「じゃあ、僕の好きな歌、間違えずに歌えるようになったのはいつから」
「……あなたが、間違えないわたしを見たいと思ったからじゃない?」
その一言で、部屋の空気が変わった気がした。壁の輪郭が、少しだけ滲んで見える。彼女の輪郭も、心なしか薄い。
「ここは、あなたの中よ」
彼女は静かに続けた。
「わたしはたしかに、Aの姿をしている。声も、癖も、ちゃんと覚えている。でも、それだけじゃない。あなたが望む分だけ、綺麗に、都合よく、書き足されてもいるの」
「そんな」
「怖がらなくていい。誰だって、大切な人の夢を見るときは、少しだけ、自分の理想を重ねてしまうものだから」
彼女は僕の手をそっと取った。指先の感触は、驚くほど現実そのものだった。
「本物のわたしは、歌詞を間違えるし、機嫌が悪い日もある。全部知っていて、それでも一緒にいたいと思ってくれるなら、それだけで十分なのよ」
「……うん」
「今度、現実で会ったら、歌詞を間違えたわたしを、ちゃんと笑ってあげてね。そっちの方が、ずっと、わたしらしいから」
そう言って彼女は、来たときと同じように、輪郭からゆっくりと溶けていった。最後まで、笑顔だけは崩れなかった。
目が覚めて、真っ先にスマートフォンを手に取った。彼女に送ったメッセージは、たった一言。
「今度、一緒にカラオケ行かない。下手なとこ、聞きたくなった」
数分後、既読がついて、「急に何」というスタンプと一緒に、笑いの絵文字が返ってきた。その、ちょっとずれた返信のリズムこそが、たしかに、夢の中にはいなかった彼女だった。
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